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本読みの記録(2016)

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ブックレビューなど書物に関するテキストを収録。ブログ「ブックラバー宣言」に発表したものをベースにしていますが、すべての文章について加筆修正をおこなっています。対象は2016年刊行…
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#憲法

国家の失敗を解決する道筋〜『憲法という希望』

◆木村草太著『憲法という希望』 出版社:講談社 発売時期:2016年9月 憲法学の対象は一般に「人権論」と「統治機構論」の二つに大きく分かれています。これは立憲主義の目的が人権保障と権力分立に分類されるのに応じたものらしい。本書では、前者のケーススタディとして婚外子の相続差別や夫婦別姓訴訟、後者では辺野古基地建設の問題をそれぞれ憲法学の観点から考察します。その前段に立憲主義の概説がおかれ、後半には国谷裕子との対談が収録されています。 夫婦別姓を認めない現行制度の問題は、女

時代精神を表現した文書として〜『文学部で読む日本国憲法』

◆長谷川櫂著『文学部で読む日本国憲法』 出版社:筑摩書房 発売時期:2016年8月 憲法を時代精神を表現した文書として捉え、それを文学テクストに向かうように読み解いていく──。本書は俳人の長谷川櫂が東海大学文学部文芸創作学科で行なった講義記録をもとに編集した本です。 古事記や万葉集、夏目漱石や司馬遼太郎を引っ張り出してくるあたりは、なるほど文学部的な読みかもしれませんし、時に憲法をキャラクター化したような表現も面白いといえばおもしろい。 日本国憲法前文の第一段は、憲法起

「正義」の発生するところ〜『憲法9条とわれらが日本 未来世代へ手渡す』

◆大澤真幸編『憲法9条とわれらが日本 未来世代へ手渡す』 出版社:筑摩書房 発売時期:2016年6月 憲法九条に関して、社会学者の大澤真幸が三人の論客に意見を聞くという趣向です。登場するのは中島岳志、加藤典洋、井上達夫。一般に流布する「護憲/改憲」の枠には収まらない議論という触れ込みではありますが、そもそも護憲論にも改憲論にも様々なヴァリエーションがあるのは昔から当たり前の話で、ここでは三人とも明確に改憲論を披瀝しています。末尾には大澤自身の改憲論も収められています。 中

憲法を守ることと変えることは同列に非ず〜『憲法と政治』

◆青井未帆著『憲法と政治』 出版社:岩波書店 発売時期:2016年5月 本書は日本国憲法の平和主義に焦点をあてながら、憲法と政治の関係の断面を捉えようとする論考です。2015年9月の安保法案の強行採決など安倍政権と与党議員によって毀損された立憲主義に対する危機意識が背景にあることはいうまでもありません。著者は憲法九条論を専門の一つにしている憲法学者。 政治が憲法に従うのは当たり前という前提が崩れて、「憲法を守る」ことと「憲法を変える」ことが同列になっているような構図が作ら

主体的でも自発的でもなく〜『憲法の無意識』

◆柄谷行人著『憲法の無意識』 出版社:岩波書店 発売時期:2016年4月 日本国憲法九条にはいくつもの謎があると柄谷行人はいいます。世界史的に異例のこのような条項が日本の憲法にあるのはなぜか。それがあるにもかかわらず、実行されていないのはなぜか。実行しないのであれば、普通は憲法を変えるはずだが九条がまだ残されているのはなぜか。 ……本書ではそれらの問題を考察していきます。この問いの立て方にまず柄谷の非凡さがにじみでていると思いますが、何より独創的なのは最後の問いに対する答え

前近代に逆戻りするのか!?〜『「憲法改正」の真実』

◆樋口陽一、小林節著『「憲法改正」の真実』 出版社:集英社 発売時期:2016年3月 今や立憲主義擁護の看板学者となった感のある樋口陽一と小林節の対談集です。2015年9月に行なわれた安保法案の強行採決に象徴される「壊憲」の動きに真っ向から異議を唱え、さらには自民党改憲草案を批判的に読み解くという趣旨で議論が展開されています。 自民党の改憲案については「明治憲法への回帰」と評する声がよく聞かれますが、樋口に言わせれば、明治どころではありません。「この草案をもって明治憲法に