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巣立ちはある朝突然に

冬である。冬はつとめて(早朝)と言ったのは清少納言。彼女の場合は、雪が降っていてもそうでない朝もとても良くて、その寒さの中、忙しく立ち働いて炭を起こしたりするのがとても良い、とつづく。

私も冬の朝は好きだ。でも好きな朝の過ごし方はだいぶ違う。「冬はぬくぬく」。今年、めっきり寒くなってから別室で寝ていた長男が早朝、私の布団に潜り込んでくるようになった。それに気づいた次男も私のベッドに潜り込む。目覚ましが鳴っても三人で「起きよう」「うーん」「寒いねえ」「お兄ちゃん、あっち行って!」なあんていう会話を30分ほどしているのが至福の時間だった。

そう、だった。過去形。

薄々予測していたことではあるが案の定、である。

「おむつを1日で外した伝説の男」長男が、まず、私のベッドに潜り込んでこなくなった。ある日、早朝、リビングでテレビをつける音がする。

あれ?来ないわけ?

彼は私を素通りして、1人でさっさと起き、マットレスを畳んで好きなことに興じている。

え……。でも、まだ次男ちゃんがいるもん、と思ったら甘かった。

3日後。

お兄ちゃんがテレビを見ている音に気づくとあの甘えん坊の次男が私には見向きもせず、朝の6時にスルスル布団を抜け出た。数秒後にはお兄ちゃんとチャンネル争いしている声が聞こえてくる。

次男、お前もかっ!

えーちょっとまって。つい、そう、ほんの、つい、今週の初めだよね?5日前まで君たちが取り合っていたのは、チャンネルではなくて他でもないこのわたし=ママだったよね?

早くない?前触れとか、全然ないよ。

ああ……そうよねそうよね、子育てってそうよね……と思いながら、私は翌朝、隣のベッドからスタスタ起きる次男に声をかける。「ママのとこ、くる?」すると彼はいう。「しょうがないなあ、ちょっとだけね。ママったら。甘えん坊だなあ」

えええええ。君が言う?いまだに私とお風呂に入ってる、君が言う?

でも、その通りなのだ。ママったら、私ったら。全然子離れできません。

だいたい君たち突然すぎるよ……

こんな冬の朝も良いなあ、なんて思っていた矢先に訪れた小さな自立に喜びと寂しさが同時に宿る。

3年くらい前に遡れば、私がいなければ昼も夜もないような感じだった彼ら。おそらく私が彼らの世界の中心だったのに。あっという間にその時期は過ぎてもう自分が自分の世界の中心になっているのだ。

そう考えると引き止められないので、私はスイスイ行ってしまう息子の背中を呼び止めて抱きしめたい気持ちを堪えて、寝たふりをする。母、切ない……

意志を持った背中を、引き止めてはいけない。

そうやって少しずつ、自分の世界を広げていくんだよね。

そこに、私は付いて行ってはいけないのだよね。

傷付いたら戻っておいで。とは思うけれど待ってるだけの昭和な母はできないので、私も自分の世界を拡げよう。

そう考え直して、清少納言を見習って冬の朝、寒い中を立ち働いて新鮮な空気を毎日取り込んでいくことにする。母も、巣立たなければ。



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