かつてそこに国があった(ネタバレ含む感想)
かつてユーゴラスラビアという国があった。南東ヨーロッパのバルカン半島付近に存在し、「7つの国境、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字、1つの国家」と形容された国だ。
そんな国がWW2から内戦で崩壊するまでを描いた映画が『アンダーグラウンド』である。描いている時代で分かる通り、戦争映画に分類される映画なのだが、大多数が想像する戦争映画とは異なる。雰囲気でいうなら現在公開中の『ジョジョラビット』が1番近いかもしれない。
どこが普通と違うのかと言うと、まず、登場人物が異様にハイテンションなのである。あんなにハイテンションな人たちばかりが出てくる戦争映画を私はこの映画ぐらいしか知らない(私が浅薄なだけかもしれないがそれはご容赦いただきたい)。演技も大袈裟で、コミカルな歪さがある。
そして音楽がすごく明るいのだ。基本的にずっとブラスバンドが出てきてジプシーブラスを弾き続ける。思わず踊り出したくなるような音楽がずっと流れているのだ。実際歌うシーンも踊るシーンも、この映画には多い。初っ端は主人公的立ち位置のマルコとクロがブラスバンドと白鳥やらの動物たちを引き連れながら軽快に歌うシーンだし、そのテンションのまま最後まで突っ走る。
この映画は明確に主人公が決まっていないが3人の人物を中心にストーリーが展開される。パルチザン(ユーゴラスラビア人民解放軍)で共産党員のマルコと、マルコに誘われて入党し闇社会で活躍するクロと、その2人が恋焦がれる女優のナタリアの3人である。
ナチスによる空襲やパルチザン狩りが進む中、マルコはクロの一族を丸め込み、自宅の地下(アンダーグラウンド)で武器の密造を行わせていた。しかし、クロとナタリアが結婚式を行ったある日ナチス部隊からの襲撃を受け、2人は囚われの身となってしまう。部隊に潜入して2人を奪還したマルコだったが、その際にクロは大怪我をし、治療のためクロも地下室に入ることになった。それとは反対にマルコは仲間を地下へ幽閉しながらも英雄として祖国解放戦争を勝利して大統領の側近となり、ナタリアとも結婚した。だが、地下の仲間たちには「ナチスとの戦争は続いている」と嘘をつき、武器を密造させ続け、自分の利益としていたのだった…というのがアンダーグラウンドのストーリーだ。
あらすじを聞くと「マルコ最低だな」「ナタリア心変わり早くね?」とか思うと思うし、実際観た私もそう思う。しかも、この2人は後半で密造させていた武器を売り捌いていたことがバレたので、地下室ごと爆破し、証拠隠滅をしてトンズラするという最低さである。なので地下にいた殆どの仲間たちはこの爆破で死ぬ。そして偶然外に出ていたことで生き残ったクロは戦争が終わったことに気づけず、WW2後に内戦となったユーゴラスラビアで戦い続け、クロと一緒に外に出られた息子(前妻との子)でさえ初めて見た海で溺れて死んでしまう。ちなみにもう1人外に出られた者もいたが、外で戦争が終わっているという事実に耐え切れず自分から地下へと戻る。
そう、この映画は悲劇なのだ。馬鹿馬鹿しいほど明るくて、歌うたびに涙が出るような、そんなお話。実際の歴史でも、ユーゴスラビアはWW2でナチスからの侵攻に反し国を守りきったにも関わらず、チトー大統領の死により内戦が起こり国は6つに分かれてしまう。外との戦争が終わって平和が訪れるのではなく、今度は内での争いが起こった。正しく悲劇だろう。
この映画の中では主要人物の3人が何度も唄う歌がある。
「月は真昼に照り、太陽は真夜中に輝く、真昼の暗黒を誰も知らない、太陽の輝きを知らない」
恐らくこれは地下にいる人々とユーゴラスラビアの状況の両方を表している。マルコの嘘により地下で暮らし真実を知らない人々と戦争が終わったにも関わらずまた争いが始まったユーゴラスラビア。真実も平和も手に入らない、あべこべな悲劇の中にいる、そんな状況を表す歌だ。まあ、この歌も例により明るいので、それが一層嘆きに拍車をかけるのだが。
ちなみに、映画の終盤ではトンズラこいたナタリアとマルコをクロが間接的に殺してしまい、友人と恋人を失った彼は仲間たちの声の幻聴を聞きながら自殺する。
しかし、悲劇では終わらず、自殺したクロはある場所へ辿りつく。それは爆殺されたはずの仲間たちが盛大に祝う、溺れ死んだはずの息子の結婚式だった。明るく輝く太陽の下で、ブラスバンドが陽気に曲を奏で、誰も彼もが笑顔でいる、幸福しかないような場所だ。マルコやナタリアでさえもいる。そこにクロも加わり、歌って踊って…としているうちに彼らがいた場所が陸から離れ、海を漂っていく。それは正にユーゴラスラビアという国そのものだ。無くなってしまった国、どこにも行けない人々、思い出の中に生きる人々。底抜けに幸せそうなのに悲しみと寂寞でどうにかなってしまいそうなシーン。私はこの映画を観るたび、この場面で泣いてしまう。もう苦しむことも、嘆くことも無い、穏やかで幸せな場面のはずなのに、なぜああまで悲しいのだろう。
そして最後、この映画はこんな台詞で締め括られる。
「苦痛と悲しみと喜びなしでは、子どもたちにこう伝えられない。『昔、あるところに国があった』と」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?