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全ての乙女へ推薦する一冊。読書感想文:千和裕之氏著「園井恵子、原爆に散ったタカラジェンヌ」

園井恵子様をご存知でしょうか?

2024年で創設110年を迎えた宝塚歌劇の歴史で、唯一原爆によって命を落としたタカラジェンヌです。
そんな園井恵子様についての書籍を読みました。
本記事は一部この書籍のネタバレを含みますのでご注意ください。

私は元々、戦前の少女文化を愛していて、そのひとつの要素として宝塚少女歌劇に興味がありました。
中でもやはり、一等好きなタカラジェンヌさんは葦原邦子様。
そして、園井恵子様なのです。

葦原邦子様が18期生で、園井恵子様は19期生。
葦原邦子様は戦後、反戦運動や反核運動などにも参加されており、それは恵子様の死が影響しているというのはよく語られることです。

園井恵子様はその最期から、どうしても関連書籍や資料を読むことに気が進まず長年過ごしてしまいました。
それこそ、Wikipediaをさらりと読んだ程度の知識しか私にはありませんでした。
最近はKindleの手軽さから、紙の書籍を手に取る機会も以前よりぐっと減ったことも少なからず影響しているでしょう。

そんな中、偶然Kindleにこの書籍があることを知りました。

これは読まねば!!!と少しずつではありますが読み進め、やっと読み終えたので今日は感想などを。

まず簡潔に言うと、これは全ての乙女たちに推薦したい素晴らしい書籍です。
どうぞ、手にとって読んでください。

著者は特に宝塚歌劇を好んでいたという訳ではなく、園井恵子様に近しい間柄の人と血縁者などということではなく、ほんとうにひょんなきっかけでこの本を書くことになったそうです。
冒頭、園井恵子様の故郷である岩手を訪ねる描写は電車の乗り継ぎや車窓の風景が詳細に書かれており、このところ旅系?鉄道系?YouTuberさんの動画をちょくちょく観る私からすると、なんだかその道程がとても身近に感じられました。

時系列は多少前後するものの、全体としては恵子様の少女時代から始まりその人生を丁寧に伝えています。

これまでぼんやりとした知識しかなく、美しいお写真の印象ばかりが強く、なんとなく「葦原邦子様と園井恵子様の共演を観て観たかったなあ。」としか思っていなかった私は、この書籍を通して恵子様の人生の輪郭をやっと、初めて感じることが出来ました。
因みに、葦原邦子様と園井恵子様のお芝居を観たいというのが私がタイムスリップしてみたいと思った、人生でふたつめの願望です。
(ひとつめのタイムスリップ願望はゴーゴー喫茶でオックスのステージを観てみたい、というもの)

私が現代の宝塚歌劇にどっぷりハマるきっかけになったのは雪組なので、やはり雪組には特別な想いがあります。
そう、雪担にとって岩手といえば「壬生義士伝」
2019年の雪組公演です。
(主人公の吉村貫一郎は南部藩出身で、南部藩は現在の岩手県にあたる。)
それが関係するかは分かりませんが、園井恵子様が宝塚大劇場の建物内にある宝塚の殿堂という展示館のようなスペースで顕彰者として選出・追加されたのは2019年。

なんだか、勝手に浅からぬ縁を感じてしまうのでした。

冒頭、恵子様の誕生日にハッとします。
1913/8/6。
8/6。

前述の通り、岩手を訪ねる道程が詳しく書かれていることから著者とともに自分も恵子様の生まれ故郷を旅するかのような気分で読み進め、そしていつしか少女時代の恵子様の同級生のような気分でその生活についての記述を読んでいきました。

戦前の少女文化を愛する私ですが、とりわけ中でも心を掴まれるのは、そうした当時の文化に夢中になっていた少女達の存在そのものなのです。
当時の岩手からすると、宝塚という土地は余りにも遠く、しかもその歌劇を演じてみせる少女達は古い慣習が根強い土地の大人達からすれば女郎にも近い様な偏見すらあったのだろうと推察します。
それでも、雑誌を読み憧れに胸をときめかせていた少女が確かにそこに存在したのだというその事実が私の胸を昂らせ目頭を熱くさせます。
本当に、それくらい、私は戦前の少女文化とその時代に生きていた少女達の存在を愛しています。

勿論、多くの少女達と同じように恵子様は少女歌劇団に憧れを抱きつつも反対され、様々な運命に翻弄されていきます。
幕末からずっと世の中が大きく変わっていった時代、湖面で風に吹かれる木の葉のように揺れ動く運命に身を任せていた少女達がどれほど多かったことか!!
当時の少女小説の金字塔とも言える吉屋信子様の「花物語」にも、そうした儚くも翻弄される少女達が多く描かれており、何度も繰り返し「花物語」を読んできた私にとって、恵子様の少女時代は非常に胸 ふるわせるものでした。

著者とともに岩手へ旅をするような気分だった私はすっかり少女小説の中に入り込んで、少女達の同級生として彼女達を近くで見守るしか出来ないような気持ちになっていきました。
そして、いよいよ恵子様の宝塚少女歌劇団入団という転換期に差し掛かります。

もう、ここからがとんでもないです。
少女小説好きとヅカヲタの心をぐさぐさと抉ります。

家出同然、身ひとつで宝塚へ旅立った恵子様でしたが、そのタイミングは既に宝塚少女歌劇団の団員を養成する宝塚音楽歌劇学校の入学試験どころか入学式も終わっていた時期でしたが、紆余曲折あり特別入学試験を経て無事に入学を果たします。
いやもう、その時のエピソードがとんでもないんですよ……。
入学試験を受けさせて貰えるのかと小部屋で一人不安に駆られていた恵子様のところへ、偶々通りかかった小夜福子様が声をかける……。
11期生で既にスターとして認知されていた福子様については恵子様も雑誌で知っていて、そんな福子様にお声をかけていただくなんて……。
えっ?なんの少女小説……?
タイは曲がっていて……???

その後の学校生活、下級生時代、同期や近しい学年の方々とのエピソードなども様々に盛り込まれていて、もう尊さに頭が爆発するかと思いました。
少女小説を読んでいたのに歌劇(劇団の機関誌)をいつの間にか読んでいた……?とシームレスに読み物が変わっていく感覚。

そして、恵子様のご活躍……と一言では表現出来ない多くの悩みや苦労もあり、それはまさに中山可穂先生の宝塚三部作を思わせるような記述の数々。

そして!ねえ!!!
先日偶々見に行った目黒雅叙園での昭和モダン展で展示されていた宝塚少女歌劇団のスタンプ帳に、恵子様ご出演の作品スタンプもあったんですよ!!!!!

すごくないですか????
ねえ!!!!!

なんか分かんないんですけど、心からヲタクやってて良かった……という謎の感情に包まれました。
ヲタクは、自分の中でコネクティングザドッツしがち。

さて、そんな興奮もあり、恵子様の退団公演に号泣し、そしていよいよ退団後のご活躍。
勿論、それも一筋縄ではいかない……時代も、あり……。
恵子様の退団後の代表作、代名詞とも言える「無法松の一生」についても非常に詳しく言及されていて、人々に作品が届けられるまでの関係者の苦労なども強く感じられます。

そして、時が進み……いよいよ1945年あたりになると、おおよそでもその先を知っていることから、読み進むスピードが格段に落ちていきました。
吉川トリコ先生の「マリー・アントワネットの日記」も、1789年に入ると一気に読むのが辛くなってめちゃくちゃスピードが落ちるのですが、全く同じ現象でした。

なんというか、1945/8/6という、その日に広島に居たということが本当に沢山色んなちょっとしたことで違った運命もあったのだろうとは思うけれども……というような。

昔、とある広島出身の知人が自分のルーツが分からないという話をしていて。
顔立ちとかからしても、恐らく日本以外の血が入っているんだろうけれど、なんせもうじいちゃんばあちゃんの時代はそんなもん詳しくなんて分からんからここらは。みたいな感じで。
私、その話聞いた時どんなリアクションしてたのか記憶になくて、どんな顔してたんだろうなとか思うんですけど、なんかこの話は時々不意に思い出すんですが、まさになんかまた思い出したりして。

恵子様の死後については、その記憶を残そうとした人々の活動などについても書かれています。

本記事前半の能天気なヲタク思考なんぞ当たり前に吹っ飛ばされるんですけど、私は自身の矛盾をしっかり自覚して生きていこうというタイプですのでご容赦いただきたく。

著者も触れている通り、悲劇的な最期ばかりがフォーカスされがちで、私もそれ故になかなか今まで関連書籍や資料に手が伸びなかったので、こうした書籍が世に広まることはとても素晴らしいことだと思います。
出版社を確認したらやはりやはりの国書刊行会さんで、安心納得そして感謝しかないです。

著者あとがきにて、2022年10月、宝塚大劇場では雪組公演中と記述があり、嗚呼そうか……と思わず天を仰ぎました。
彩風咲奈さん主演の雪組公演「蒼穹の昴」
国と時代は違いますが、同じように激動の時代の作品だなあと思ったし、前述の「壬生義士伝」とともにやはりなんだか勝手に不思議な縁を感じました。

全ての乙女たち必読!と過言でも宣言したい一冊です。



では、また。



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