【短編小説】美少女ゲームの案内役に一目ぼれしてしまった。

 俺……朝浦太陽(あさうら・たいよう)は、恋愛シミュレーションゲーム『AIのカタチ』ベータ版にテストプレイヤーとして参加していた。

「以上でチュートリアルは終了となります。お疲れさまでした♪」

 そんな俺をねぎらうのは、ここまで案内してくれたいわゆるガイド役のキャラクター、早乙女瑠奈(さおとめ・るな)。
 一応彼女は同じクラスの学級委員という設定ではあるのだが……

 俺にはどうも、腑に落ちないことがある。

「うーん……」

「太陽さん、お気に入りの女の子は見つかりましたか?」

 瑠奈は俺の顔をのぞきこみ、こてん、と小首をかしげた。
 フルダイブ型の恋愛シミュレーションゲームとあって、リアルな可愛さである。

「まずはどの子を攻略したいですか?」

「うーん、俺が攻略したいのはやっぱり――」

 俺はそこで言葉を区切ると、目の前の瑠奈の肩をがっしりと掴んだ。

「早乙女瑠奈。君を攻略したい!」

「え……えええええええええええ!!?」

 瑠奈はあまりに予想外だったのか絶叫しているが……

「驚くことは無い。だって君、かわいすぎるよ?」

「そっ、そんなこと、」

「ある。まず、攻略対象として紹介してもらった三人以上に、動きや会話の自然さが際立っていること。あまりにも人間らしすぎてAIであることを忘れてしまうくらいだ」

「そっ、それは……」

「ツンデレ幼馴染の春美も、クール系委員長の秋乃も、人懐っこいギャルの夏葉も……君の魅力には到底かなわん」

「それは言い過ぎです!」

「そしてそのドスケベでナイスな身体……ゲームキャラクター相手だから遠慮なく言わせてもらうが、正直なめまわしたいくらい好みだ」

「……」

 そう、そのドン引きした表情も、到底AIとは思えないほどリアルなんだよなあ。

「で、ですが……私はあくまでも案内役ですっ!! いくら好みだからと言って、私を攻略対象として選ぶことはできないのです……!」

 どこか残念そうな瑠奈を見て、俺は悟った。

(なるほど、そういうパターンね)

 恐らく彼女は隠し攻略対象であり、俺はそれに気づいた稀有なプレイヤーなのだと。
 であれば、ここで言うべきセリフはただ一つ。

「君を攻略できないのであれば、俺は大企業である運営相手だろうといくらでもクレーム入れてやる」

「た、太陽さん……」

 顔を赤らめつつも本気で心配そうなまなざしの瑠奈を見て、俺は誓った。

(プレイヤーと案内役キャラクターの壁? おもしれー、ぶっ壊してやるぜ!!)

 と。
 ロミオとジュリエットよろしく、恋は障害があるほど燃え上がるのだ!

「おい。君たちは何をしている?」

 俺たちが仲睦まじく話していると、制服姿のイケメン男子キャラクターが話しかけてきた。

「あ、あなたは……!」

 ヤツを見た瑠奈の身体がわずかに跳ねる。
 あ、これは、もしかして……!?

(こいつはアレだ、そう、恋敵的なヤツだ!)

 瑠奈の若干怖がっているかのような反応を見るに、それで間違いないだろう。
 へへっ、恋のライバルの登場とは……面白い!

「おい、瑠奈に何の用だ?」

「いや、君こそなんだ? その子に絡んでないで早く他の女のところに行きたまえ」

「なんだと……?」

 こいつ、いけ好かない野郎だ。
 恋敵キャラとしては充分な素養を備えているらしい。
 だが、惚れた女は渡さない!

「他の女になんて興味ねえ。俺には瑠奈がいればそれでいい!」

「はあ? 何を言っているんだ。それではこちらが困るんだ」

「そんなの知ったこっちゃねぇ!」

 俺は瑠奈を守るようにしてイケメンくんの前に立ちはだかった。

「お前がどんなにハイスペックイケメンだろうと、瑠奈は渡さない」

「いや、そういう問題じゃなくて……」

「瑠奈は俺の女だ!!」

「……」

 イケメンくんは反論を諦めたらしく、沈黙に沈んだ。
 そのまま捨て台詞を吐いて去って行くだろう――
 と思ったのだが。

「はぁ……ちょっと勘違いしているみたいだから、ちゃんと話を聞いてくれるかい?」

「ん?」

 勘違い?

「僕は運営側のスタッフさ。テストプレイヤーの様子を見るためにダイブしてきたんだ」

「えっ、恋敵とかじゃないの?」

「そんなわけないだろ!」

 でも、なんか他の女の所に行ってもらわないと困る、みたいなことを言っていた気がするんだが……?

「ちゃんと攻略対象たちと絡んでもらわないと、データが取れないだろう」

 ああ、そういうこと。って、

「瑠奈は攻略対象じゃないのか?」

「最初から違うっつってんだろ! そもそも、案内役とかそれ以前に、その子……早乙女瑠奈はAIではない」

 え?

「キャラクターが出来上がってないから、実在しているウチの……運営の女性スタッフにフルダイブして演じてもらってるだけ」

 はあ!?

「ちなみに容姿は現実の彼女をスキャンして再現しているから、ほぼそのものだよ」

(どうりで仕草も言動も反応も、リアリティに溢れているわけだわ)

 そんなことを考えながらおそるおそる瑠奈の方を振り向くと……

「うぅ……」

 今にも泣きだしそうに顔を赤く染め、ぷるぷると震えていた。




 後日。現実世界のとあるファミレスにて。

「ほんっっっっとにすみませんでしたーーーー!!」

 俺は机にひれ伏すようにして、早乙女瑠奈役——夜野月子(よるの・つきこ)さんに頭を下げていた。
 彼女に対しての誤解が解けた後、直接会って謝罪をさせて欲しいとの要望に応えていただいたのだ。

「もう。なにが『ドスケベでナイスな身体』ですか!」

「す、すいません……」

 いやホント、通報されても仕方がないレベルのセクハラ発言だったことは言うまでもない。

「いつ私があなたの女になったんですか!?」

「すみません!」

「運営にクレーム? 変態プレイヤーにクレーム入れたいのは私の方ですよ!」

「返す言葉もありません……」

 俺は机におでこをこすりつける勢いで、ひたすらに頭を下げた。
 でもあれだな、やっぱりこの人、可愛くてきれいだな……

「……ちょっと。反省してます?」

「し、してます」

「なら、頭を上げてください」

 クールダウンしてきたのだろうか、彼女の声色が、瑠奈を演じていた時のように優しくなった。

「っていうか、謝り過ぎでしょ。ちょっとは周りの目とか気にしたらどうです?」

 たしかに言われてみればその通りだった。

「そんなに謝り足りないんだったら――」

 彼女はそう言うと、液晶にQRコードを表示した状態でスマホを差し出してきた。

「つ、次は……ちゃんとしたご飯に連れて行ってくださいよ……」

 そう上目遣いで語る彼女の顔は、ひどく赤らんでいた。

「こ、これって……?」

「もう! 要らないんですか!? ……私さえいてくれたらそれでいいとか言ってたくせに?」

「い、要ります要ります!!」

 俺はむしろご褒美と言わんばかりに大喜びし、月子さんと連絡先を好感したのだった。


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