【掌編小説】夢や目標って、案外、大したことない。

 夢や目標って、案外、大したことない。

 叶えたからってどうということもない。
 生きるのが楽になるわけでもない。
 地球は昨日と同じように回るし、世界規模での大きな変化は特にない。

 そんな話を、中学一年生の息子に話した。

「お父さん……それって中学生の息子に話すこと?」
「ああ。悪いか?」
「悪くはないけど……」

 息子はうーんとうなり、もやもやした気持ちを顔に出した。
 やれ、解説が必要らしい。

「父さんが言いたいのはな、夢や目標が悪いことってわけじゃないぞ」
「え、違うの?」
「夢や目標自体がそこまで大事じゃないってことだ」
「ふうん……?」

 息子の目が興味深そうに俺の目を見る。

「夢や目標が叶うことよりも――」
「叶えようとするその過程が大事! でしょ? お父さん」

 俺が名言を言おうとすると、大事なところで妻が割り込んできた。

「はあ、父としてのかっこ良さを見せるいいところだったのに」
「いい言葉だと思ったから、何度も聞いてるうちに覚えちゃったのよ」

 妻はソファに座る俺の隣へ腰を下ろし、茶目っ気たっぷりに微笑んだ。

「……まあ、息子よ。そういうことだ」
「……どういうこと?」
「つまりはな、別に夢や目標が無くてもいいし、大それたものでなくてもいいってことだ」

 そこまで伝えると、息子は「うん、うん」と、なんとなく腑に落ちた表情を浮かべた。

「……!」

 それからぱっと顔を上げた。
 何かを思いついたらしい。

「そう言うからには、お父さんは夢や目標を叶えたってことだよね?」
「お、おう。まあな」

 さすが我が息子、なかなかいい質問をしてくる。

「えー、なになに? どんなのー?」

 そして我が妻も、いたずらな笑みで俺にたずねてくる。
 知ってるくせに、俺の口から言わせたがるのだ。

「父さんはな、好きな人と結婚するという夢を叶えた」
「ふふっ」

 妻がにこにこしながら肩を寄せてきた。

「いつの間にかのろけ話に付き合わされてるんだけど」

 対してつまらなそうな顔になった息子。
 そんな彼に、俺は手を伸ばしながら言う。

「そして今は、好きな人と子どもを育てるという夢の中にいる」

 俺はぽん、と息子の頭に手を置いた。

「……」

 心なしか、息子が少し照れくさそうな顔をしている。
 小さい頃は素直に喜んでいたのに。

 ああ、もうこの子も中学生なのか。
 いつしかきっと、大人になって。
 背丈も追い抜かれてしまうかもしれない。

「……お父さん?」
「……すまん、将来のことを考えると、涙が出てきた」
「何を考えてたんだよ」
「お前が大人になって、結婚式を挙げたりするとか」

 俺が言うと、妻は「ふふふ」と含み笑いをし、息子は「気が早えよ……」と呆れた。

「とりあえず、夜ご飯にするわよ」
「カレーか?」
「親子丼よ」

 あれ、さっき「夜ご飯、何がいい?」って聞かれて、「カレーがいい」って答えた気がするのだが。

「私、お父さんのおおらかな所、好きよ」

 俺の微妙な表情を見て何かを察したのだろう。
 妻はそう言って俺の頬に軽く口づけた。

「……よっしゃあ、親子丼だ!」
「……僕、ちょろい大人にならないっていう目標を見つけたよ」
「ふふ。扱いやすいのも魅力のひとつよ」

 そして俺たちは食卓を囲む。

 きっとこんな風に、夢の中にいるような日々をこれからも送っていく。
 ときには上手くいかないこともあって。
 つまずきながらも進んでいくのだろう。

「それじゃあ、食べよっか。いたただきます」
「いただきます」
「いただきまーす」

 願わくば息子にも、こんな夢のような人生を送ってほしい。

「お父さん、とりあえず僕、部活がんばろうと思う」
「おう。やりたいようにやってみなさい」

 三人の団らんは続く。
 部屋の隅のタンスの上に立つ、家族写真に見守られながら。


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