邂逅
邂逅(かいこう)とは、「思いがけない出会い」のことである。
これは、とある20代女性の体験談だ。
とある冬の日の夜。仲の良い同僚たちと、ファミレスに来ていた。
気心知れた仲間たちなものだから、どんな話でもざっくばらんに跳び出してくる。
「昨日の夜の夢なんだけどさ」
普通なら煙たがられる「昨日の夢の話」でも、亜希(あき)の話なら例外だ。仲が良くて、可愛い同僚の話なら。
「沈没する船で、子どもたちから優先して救助艇に乗せていく、タイタニックみたいな夢だったの」
亜希の話に、私を含めた3人は前のめりで聞き入っている。
「それで、どうなっちゃったわけ?」
亜希の彼氏である優斗(ゆうと)が、優しく温かみのある声で話の続きを促した。
「結局、子どもたちを助ける途中で、沈没しながら夢から覚めちゃった」
「最後まで「大丈夫だよ!」って声をかけたものの、成す術はなかったわ」
夢としては、決して珍しい話ではなかった。
「亜希は、防衛本能が強いのかもね」
優斗と同サイドの席に座る孝史(たかふみ)が口を開いた。
「夢にはリハーサル効果といって、それが現実となった時のショックを和らげる効果があると言われているんだ」
「もしも現実で船が沈むようなことがあった時に、ショック過ぎて心が壊れてしまわぬよう、亜希の本能が、夢を見せたのかもしれない」
孝史の発言に、一同はへええ、と、感心した。彼は博識だ。大学の頃からの付き合いだが、彼のインテリぶりに心ひかれる女子も多かった。
そんな女子たちと同じような、ミーハーにはなりたくなかったけど。
その後も団欒(だんらん:親しみある集まり)は続き、時計の針が22時を指したあたりで解散となった。
月に1回は、この団欒がある。ざっくばらんに話した夜は、ぐっすりと眠れるものだ。今夜もきっと、心地よい眠りにつけるのだろうと期待していた。
事件はその後だった。
急遽、孝史が結婚することになり、みんなで結婚式に参加することになった。
相手は、私たちの知らない人だ。相手なんてどうでもいいけど。
結婚式は遠く離れた地で行われることになり、3人で乗り合わせて式場に向かうことにした。
「孝史も結婚かあ」
ハンドルを握る優斗が、目線を遠くに向けながら言った。
「孝史くん、モテるもんねえ。仕事もできるし、知識も豊富だし」
助手席の亜希は、常識を語るかのような口ぶりだった。
「あなたたちも秒読みかもよ?」
後部座席の私は、優斗と亜希のふたりを指して言った。私の言葉に、ふたりは打ち合わせたかのように「ふふ」、と笑うだけだった。
窓の外を見る。良く晴れて、澄んだ空気のはず。それなのに、私の目に映ったのは、灰色の景色だった。
車での長旅は、式場に着くまで続いた。
気が付いた時には、視界にうす暗い天井が広がっていた。
どうやら孝史の結婚は、夢だったらしい。
「リハーサル効果」
私は昨日の夜、新しく仕入れた言葉を、ほとんど無意識につぶやいた。
そしてホッと安心した。
かと思えば、次の瞬間には心臓の高鳴りを感じ、誰かに見られているわけでもないのに恥ずかしくなって、布団の中にもぐりこんだ。
ほっぺたが熱い。頭が混乱している。
私が出会ってしまった、このキモチは・・・。
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