サプライズ
空港。
一組のカップルが玄関の自動ドアを通る。
「ついにこの日が来ちゃったね」
女は別れを惜しむかのように言った。彼女は今日、男を残し、パリへと旅立つ。
「さびしくはないさ」
男はあからさまに強がりを見せて言った。その様子を見て、女はうつむく。その姿を見た男は、(ああ、この子もさびしいんだな)と内心で思った。
「さあ、早めに搭乗の準備をしよう」
男がさびしさを振り切るように言った。
「そういえば、おなか空かない?」
男は気を遣って、女に食事を提案する。女は空港のレストランで食べるパスタが好きなはずだ。
「いいの?最後まで悪いわね」
女は喜んだ様子で、男の提案に乗った。ふたりでレストランの空席に座る。
男はメニュー表も見ないまま、店員に注文を伝える。
「レモンクリームパスタふたつで」
男は女との長い付き合いで、女が好きであろうものを知っていた。男の気配りに、女は「さすがに分かるよね」と感心した様子だった。
食事を終えて会計をする。当然のごとく、男は女の分までお金を払った。「悪いわ」と女はお金を払おうとしたが、「最後までお前の男でありたい」と言って、男はゆずらなかった。
レストランを出たふたりは、おみやげ店に向かった。
「君のこれからの旅路の無事を祈って、お守りを買うよ」
男が手にしたのは、ネズミのキーホルダーだった。
「あいかわらずね」
女が笑顔で言った。男はこれまでも頻繁に「お守り」と称して、女にキーホルダーをプレゼントしていたのだった。
「君のことが大切だからさ」
男の言葉に、またも女はうつむいた。男はその様子を見て、(俺との別れを本当にさびしがっているんだな)と感じた。
いよいよ搭乗時間が近づく。ふたりは保安検査場入り口へと向かった。
「どうしても行ってしまうんだね」
「ええ。だからあなたとは、ここでさよなら」
「パリに行ってしまうのはさびしいけど、今まで君と過ごした時間は、本当に楽しかった。かけがえのない時間をありがとう」
男は心からの言葉を伝える。泣き出す女。
「そんなこと言われたら、決心が鈍ってしまうわ」
その言葉を聞いて、男は笑みを浮かべた。
「ねえ、もっと僕と一緒にいたいと思う?」
「え?」
女が不思議そうに聞き返すと、男は指をパチンと鳴らした。
「サプラーイズ」
男の声と同時に、突然スピーカーからピアノの演奏が流れ出し、周囲の人々が踊りだした。
そう、男が仕掛けていたサプライズが始まったのだ。
近くにいた仕掛け人から差し出されたマイクを片手に、男は歌いだした。
「君の美しい姿も見れない、君の美しい声も聴けない。
そんな日々は嫌だ!
分かれる前の君のさびしげな表情を...
僕はもう二度と見たくなんてない。
君にさびしい思いはもうさせない。
君の好きなパスタも、
君の趣味に合うお守りも、
僕は全部知っている。
これからも君の男でいたい。
だからこれからも側にいるよ、
君を愛している」
歌い終えた男は、女の目の前にパリ行きのパスポートと婚約指輪を差し出す。
まるでミュージカルのようなサプライズを受けた女は、ニヤニヤとしている。よっぽどサプライズが嬉しかったようだ、と、男は満足げだ。
「ふふふ」
女が不敵な笑みを浮かべた。
かと思うと、一瞬の間をおき、今度は女が質問する。
「ねえ、私がまだ、あなたと一緒にいたいと思う?」
「え?」
男が不思議そうに聞き返すと、女は指をパチンと鳴らした。
女の合図と同時に、突然スピーカーからピアノの演奏が流れ出し、周囲の人々が踊りだした。
そう、女もサプライズを仕掛けていたのだ。
「へ?なんで?」
先ほどまで男側の仕掛け人だった人々が、女側の仕掛け人になっている。
女は男から奪ったマイクを片手に、オペラ歌手顔負けの美声で歌いだした。
「ダサダサの服、清潔感の無い髪形、
私の気を引き付けるための仕草、
反応しづらい強がり、
見たくも無くてうつむく。
私が好きなのはにくまん。
ちなみに好きなパスタはナポリタン。
最後まで悪いわね、勘が。
メニュー表見て決めたいの。さすがに分かるよね?
毎回すべて払うという見せつけ、
こちらの気が重くなるからやめてほしかった。
いつも買ってくれるお守り、
あいかわらずね、センスの無さが。
旅行のたびに邪魔なキーホルダーが増えた。
私はミニマリストだから。
あなたみたいなオトコは断捨離」
歌い終えた女は、男の手からパスポートを奪うとバラバラに破り、
さらには婚約指輪をターミナル内の噴水へ投げ捨てた。
「さようなら」
それを見た周囲の仕掛け人たちがわあわあと歓声を上げている。
男は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「おい、なんなんだよ、これは!」
「あれだけしてやった俺にこの仕打ちはなんなんだよ!」
激怒する男。
「これはなにか、ですって?」
「これはね...」
女は微笑みをたずさえて言った。
「サプラーイズ」
そう言い残して、女は飛行機に乗り込んでいった。男は茫然とし、女の乗る飛行機を見送る。
男のうつろな目の先に、青い空のキャンパス、白い飛行機雲がゆうゆうと尾を引いていった。
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