【短編小説】ウィンナーコーヒー

 行きつけのカフェ、『黒猫』は本日も盛況。

「今日もやってんなー」

 歩道から眺める店内では、見慣れた女性店員がはつらつと動き回っている。

(新人だったころが懐かしいくらいだ)

 彼女……結城(ゆうき)さんは数か月前『黒猫』にアルバイトとして入った大学生。
 最初は表情も硬く接客もままならなかったが、今ではお客さんから大人気の看板娘である。

(いい笑顔だ)

 すっかり板についた彼女のスマイルに引き寄せられるように入店すると。

「いらっしゃいま――って、なんだ、浜田(はまだ)さんか」

「『なんだ』とはなんだよ!?」

 期待を裏切るかのようなツンとした表情をされてしまった。

「冗談ですよ。今日もありがとうございます。こちらへどうぞ」

「お、おう」

 彼女は一転して華やかな笑顔に切り替わり、空いた席へ俺を案内する。

(まったく、慣れたもんだ) 

 俺は彼女に感慨深いものを覚えほほえむ。

 入店初日から『俺はしょっちゅうくるから気を使わなくていい』と、彼女には気さくに接してきたつもりだ。

 その甲斐もあってか今や冗談交じりで会話できるほど彼女は接客慣れした。

 ……なぜ俺にだけツンデレ対応なのかは謎だけど。

「? どうされましたか?」

「いやあ、結城さんも大きくなったなあって。ウィンナーコーヒーを頼んで、ウィンナーとコーヒーを持ってこられたのが今や懐かしい」

「いつの話ですかそれ!?」

 ずいぶん前みたいに言ってるけど、あれから三か月も経ってない。

「もー。……いつものでいいですか?」

「うん、頼むよ」

 俺はぷんすかした様子の彼女にウィンナーコーヒーを注文し、ノートPCを広げ仕事を始める。

 ——今の見た?
 ——なんかめっちゃ仲良さそうだったよな
 ——いいなあ、あんな美人さんと仲良いなんてうらやましい

 そんなひそひそ声と、羨望と嫉妬を孕む視線が気になったが、必死に無視した。

(反応すると余計にうるさいだろうからな)

 今や結城さん目当てでこの店に来る客もいるほど、彼女は大人気。
 いらぬ噂を立てられると厄介だ。

(まあ、当の本人はどう思っているやらなんだが……)

 一抹の不安を抱きつつ、俺はせわしなく働く結城さんをチラリと一瞥した。



「お待たせしました」

 しばらくすると、オーダー通り結城さんはウィンナーコーヒーを持ってきた。

「ありがとう」

「いえいえ。っていうか、もっと暇なときに来てくださいよー」

「悪かったな、迷惑な客で」

「……そういうことじゃないです。ま、ごゆっくりどうぞ」

 彼女は捨て台詞のように常套句を告げつつ、レシートを置いていく。

(ほんと可愛げないな……って、おうふっ!?)

 内心で不満を垂れたその時、レシートのウラにかわいらしい文字で書かれた一文を見て吹き出しそうになる。

『もっと一緒にゆっくりお話ししたいです♡』

 どういうことかと問うように結城さんを見た瞬間、彼女は俺から目を逸らし、ぷいっとそっぽを向いた。

(はー、毎度のごとく大人をからかいやがって……)

 面と向かうとツンとしてるくせに、レシートのウラには甘いメッセージを書いてくる。
 結城さんがここで働き始めてから続いている、俺と彼女との人知れぬやりとりだった。


 ウィンナーコーヒーを飲みつつ、しばらく仕事をしていると。

「あのー、お姉さん」 

 隣の席の大学生グループが、結城さんを呼び止めた。

「お冷もらっていいですか?」

「かしこまりました」

 彼女はピッチャーを手に取り、彼らのグラスに水をそそぐ。
 その様子を彼らはニヤニヤしながら眺めていた。

「それではごゆっくりどうぞ」

「あー、ちょっと待ってよ」

「?」

 引き止める声に、結城さんは不思議そうに大学生たちを見る。

「お姉さん、可愛いっすね~。ちょっとお話しません?」

 誰がどう見てもナンパだった。

「あー、えーっと。ちょっと今忙しくて……」

「え~、いいじゃん。俺らお客さんよ? それに、席もだいぶ空いてきてるし」

 一人のチャラチャラした男の言葉に、他の二人もそうだと言わんばかりの視線で彼女を見る。

「ってかお姉さん、肌きれいだね。化粧水なに使ってるの?」

「あー、そうですね……」

 結城さんはここで働き始めて数か月。
 通常業務は慣れっこでも、こういう客への対応は不慣れらしい。
 入って数日の頃の不安そうな表情が浮かんでいた。

「ほら、手とかめっちゃすべすべ!」

 不意に男は結城さんの手に触れた。

「……!!」

 対して顔面蒼白となる結城さん。
 どうしていいのか分からないらしく、身体が硬直してしまっている。

(さすがに見てられんわ)

 と俺は立ち上がり、大学生の前に立つ。

「君たち。ちょっといいか?」

「んだよオッサン」

 はああああ!? オッサン!? 俺はまだ28やぞ!!?
 大学生の心無い一言に内心ブチギレつつ、「んんっ」と咳払いをして毅然とした表情を作る。

「きれいなお姉さんに心を奪われるのは分かるが、働いている人の邪魔は良くないぞ」

「ああ~ん!? 別にいいだろ。俺たちは客なんだぜ?」

「「そうだそうだー!」」

 知性を感じられない言葉にムッとしつつ、対抗するべく口を開く。

「ここは夜のお店じゃないんだ。そういうのがしたいのならキャバクラにでも行くといい。彼女に気安く触るのは許さない」

「あっははー! オッサンかっこいい~。なに? お前はこのお姉さんの何なの? 彼氏とか?」

「そういうのじゃ――」

 否定しようと口を開きかけたその時。

「彼氏です」

 俺の腕が柔らかい感触でつつまれた。

「!!?」

 見れば、結城さんが見せつけるかのようにして俺の腕に抱き付いている。

「なっ……!? ちょ、ゆ」

「彼氏です。結婚を前提にお付き合いしています」

 いや、そこまで話盛らなくていいだろーーー!!

「へー! こんなオッサンと付き合ってるの!?」

「はい。いくところまでいってます」

(それは初耳学)

 知らない記憶だわ……なんて慌てふためいていると。

「じゃあ、キスしてみて。できるよね??」

 彼らは調子に乗り、はやし立てた。
 もうこいつら出禁で良くないかと告げるべく隣を見ると……

 頬を朱に染め、覚悟を決めたような結城さんの顔。

(乗っかるなーーー!!!)

 らちが明かなくなってきた俺は、そもそもの話を持ち出すことにした。

「あのな。監視カメラあるの! 分かってる!?」

 俺が天井の端にあるカメラを指さすと、それを見た大学生たちは一気に青ざめた。

「音声も全部拾ってるから。おまわりさんに突き出したら迷惑行為で一発アウトだからね君たち!!」

「「「す、すいませんでした~!!」」」

 その後大学生たちは料金を払い、そそくさと退店していったのだった。



 それからほどなくして、俺もコーヒーを飲み終えてレジへ向かう。

「浜田さん、ありがとうございました。すみません、何にもできずに……」

「いやー、まあ、大事にならなくてよかったじゃん。ってか、ごめんな? 彼氏とか呼ばせちゃって」

 言い出したのは彼女だが、一応謝っておこう。

「ほんとですよ。何が『結婚を前提に付き合ってる』ですか」

(えーーーッ!?)

 それを言ったのは君では!?

「いくところまでいってますとか……セクハラですよ」

 それを言ったのも君だよ!?

「あとは、きれいなお姉さんとか」

 ……まあそれを言ったのは俺だわな。

「ほんと、そういうのはお店の外でやってほしいものです」

「ご、ごめんごめん」

 なんで俺が謝ってるんだ……と思いつつ、会計を済ませてレシートを受け取ると、

(な……)

 レシート裏にいつものごとくメッセージが。
 しかしいつもと違ってやや文章が長い。

『今日の浜田さん、すっごくかっこよかったです♡ ちゃんとお店の外でお礼させてください!』

 そんな文章と一緒に、メッセージアプリのIDが書かれていた。さらに――

『本当の恋人になれたらな……なんてね?』

 文末に書かれた一文を読み、彼女の顔を見上げると。

 顔を隠す指の隙間からこちらをチラチラうかがう視線と、隠しきれていない真っ赤な耳が目に留まる。

「ありがとう。ちゃ、ちゃんと連絡するから……!」

 俺がそう言うと、結城さんは声もなくコクリと頷いたのだった。




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