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小説:当たり前の世界で当たり前のこと

まえがき:この物語は筆者の思想(希哲学者の考えと妄想)を筆者である物書き(狐面の猫)が具現化させたものです。筆者(希哲学者)の中にあるいくつかの偏った思想の中でもより偏ったものを筆者(狐面の猫)が抽出していますので、ご了承ください。

本編↓

「日常に退屈したとか? ははー、それでこんなとこまで? 酔狂な人だねぇ。まあでもここから見えるもんも別に楽(たの)しかないよ。この桶からのぞける世界は隣の世界またはちょっと進んだ世界だ。この世界とほとんど変わりゃしない。まあそれでも覗いてるみるのかい?」

フードを被った謎の人間は甲高い声でそう問いかけてくる。私はその聞き取りにくい声をテキトーに受け流し跪いた。そして、土下座をするような格好で水桶の上に顔を持って行った。すると、また甲高い声でそのフードの人物は声をかけてくる。

「ほほう。やはり酔狂だねぇ、はたまたただ自分が正しかったのか知りたい自己中心的な人間なのか? やはり面白いなぁ。ではでは」

そう言うと、どこからか水が水桶の中に満ちていく。私は精一杯に息を吸い込んでから、目をグッと瞑って桶に顔をつけた。水桶は深い山の中にポツリと置いてあるために、私は土の上に跪いるせいで、土の湿り気が服越しに体にあたる感触があった、そしてドンドンと息をしていないのが辛くなってくる。

ああ、限界かもしれないと思ったその矢先、息苦しさがなくなる。足の湿り気を感じなくなる。そして、私はそっと目を開いた。

「私」はうつぶせで空から落ちていた。ただ落ちていく速度は随分とゆっくりで死の恐怖は感じない。ただ落下していく感覚はずっとあって不思議な気分だった。すると、目の前に烏が一羽飛んでいるのが見えた。その烏は私に気が付くと、こちらへ飛んできた。

「やあやあ、ようこそ。ここは君が見たかったセカイ。君の生きていたセカイに〇〇という多様性が正しく認められたセカイだ。早速だが、楽しもうではないか」

烏はあの甲高い声を発した。その言葉に返事をしようとしたが、声は出ない。驚きのあまり焦っているところ、目の前に壁が突然現れた。思わず「うわぁ」と声をあげたが、それは口からはでなかった。

死を覚悟したが、「私」はただ地面に倒れているだけだった。壁だと思っていたのは地面であったらしい。うつぶせで倒れる体を立てると、目の前に烏がいた、烏は首を何度か降ると飛ばずにスキップするような形で、道路を歩いて行った。「私」はその烏についていくことにした。

烏の後ろをついて行きながら、周りを見渡してみる。ここはどうやら住宅街の道路であるようで、周りには建売住宅と思しき住宅が数件並んでいたり、それ以外にも住宅があったりで随分と発展しているようだった。遠くにはスーパーの箱型の看板も見える。イメージで言えば、大都市のベッドタウンのような感じがした。街には人がいるが、全員「私」のほうを見ない。「私」と烏は他の人には見えないようで、「私」自身も「私」の身体を見ようとしても見れない。ただ視点だけが浮いている。まるで透明人間になったかのような気分だ。

街の様子を見ながらなんとなく思う。「私」のいた街に似ている。結婚して家族と暮らした街。静かで幸せになるはずだった日々。そんなことを思った。

「カー!」

足元で烏が鳴いた。「私」は思いをはせていたせいか、前をちゃんと見ておらず先導していた烏が止まったことに気付かずに踏みかけてしまった。「私」は烏に手を合わせて謝罪した。烏はまるでプンプンといじける子供のように近くの住宅の敷地に入って行った。私もそれについていく。

烏に倣い、住宅のドアを開けずにそのまま通ってみる。私は透明人間というよりは幽霊になったようで、身体がドアをすり抜けた。そして子供たちの歌声がする。

「「「ハッピーバースデー、トゥーユー、ハッピーバースデー、トゥーユー、ハッピーバースデー、ディアかずひろ! ハッピーバースデー、トゥーユー! おめでとう」」」

気付けば烏はいなくなり、私は歌声のする方に歩みも進めた。すると、テーブルに4人の子供と1人そのお母さんに見える大人がついていた。どうやら、かずひろという小学生くらいの男の子の誕生日会のようだ。ちょうど主役の男の子がロウソクを吹き消したところのようだ。そのかずひろくんのお母さんらしい人は吹き消されたロウソクの刺さったショートケーキをキッチンへ持っていた。友達と思われる子供たちがその男の子に「おめでとう」という中で、1人だけ目を引く女の子がいた。女の子は服装は清潔で普通にも見えるが、顔は少しやつれているようで体が他の子供よりも一回り体格が小さい。虐待という二文字が「私」の脳裏によぎったがどうもそんな気がしない。なんだろうか、この感覚は。

そうやってその女の子に集中していると、お母さんがキッチンから戻ってきた。手にはお盆を持っていてそこには切り分けられたケーキが皿に乗って4切れ乗っていた。お母さんはケーキが食べれると興奮した子供たちをいさめながらケーキを配っていく。その女の子楽しみな顔をしていた。

しかし、お母さんはその女子以外の子供と自分にケーキを並べた。そして、その女の子にバナナとイチゴを別で持ってきて置いた。女の子はかなり寂しそうな顔をしていた。

手をみんなで合わせてケーキを食べ始めた。女の子はしょんぼりしながらバナナとイチゴを見ている。周りの子がおいしそうにショートケーキを頬張る姿をただただ羨ましそうに見ていた。

「ゆかりちゃんも食べる? 美味しいよ!」 かずひろと呼ばれている子供がその女の子に声をかける。女の子は目をキラキラさせながら、頷こうとしたとこで、お母さんが止めに入る。

「ゆかりちゃんはショートケーキは食べれないから食べちゃダメなのよ」

「え、なんで? さっきだって、お肉もお魚も食べてないのにケーキも食べれないなんてかわいそう。なんかの病気なのー?」

他の子供たちも気にしていたようで、ケーキを食べるのを中断して耳を傾ける。

「うーん、そうじゃないんだけど、お野菜と果物しか食べないおうちなの。だからね、かずひろダメなの」

そういうとお母さんは女の子の方に顔を向けて言う。

「ごめんなさいね。まだかずひろは〇〇への理解がないから……ゆかりちゃんのお母さんにも「食べさせないください」って言われてるから……おうちにあったイチゴとバナナで我慢してくれる?」

女の子は小さくうなずいた。そして、バナナを食べ始めた。ただ目は確かにうるんでいた。「私」は思わず声をかける。

「そんな親なんて無視しなさい。食べていいのよ」って、でも声は出ないし、触れることも出来ない。

どうにかその女の子に声をかけようと、触れようと、もがいている中、ふと気が付くと、テーブルの端に烏が止まっていた。烏はこれまで歩いていたのにも関わらず、ついにその黒い羽を広げて飛び立つと「私」に向かって飛んできた。「私」は思わず目をつむった。


目を開くとそこは小学校の前だった。「私」はいざなわれるように校門を抜けて校舎に入っていく。ちょうど入ったとこで

キンコンカンコーン

チャイムが鳴り響いた。すると、学校中が少し騒がしくなった。そんな中で、校門入ってすぐの階段から子供たちが数人かけ降りてくる。そして、「私」の右を通り過ぎて、同じ部屋に入っていく。そこは給食室という看板がつるしてあった。じーっと見ていると、そこから三角筋とエプロンに身を包み、給食のトレイや鍋を持って、子供たちが出てきた。どうやら彼ら・彼女たちは給食当番のようだ。「私」はそんな中で少しの背の高い子供たちのいるグループについていくことにした。

彼ら・彼女たちが戻ったのは5年2組の教室。教室では給食用のテーブルが置かれみんなが準備をしていた。給食を待ち遠しく思っている子供たちが待機していた。だが、その中に気になる女の子がまたいたのだ。さっきの女の子に似ているが、あの子よりもちょうど5歳くらい年上だろうか? 服装は清潔で普通で、ただ体格に関しては周りの子よりも1回りいや2周りは小さかった。

一通り給食の準備が終わると、担任の先生の声で子供たちが並ぶ。今日は出席番号15番かららしく、どうやら順番に不公平がない様に毎日スタートする順番を変えているようだ。良い計らいだと思う。今日は生姜焼きにお味噌汁・ご飯・サラダ・ほうれん草のお浸し・小さなかぼちゃのケーキ・牛乳。最近の給食は随分と豪華だなと思う。

「私」は前と同様にその女の子後ろについた。彼女はトレイを手に持って、その列に並んだ。彼女はほうれん草のお浸しの入った小鉢を貰った後、生姜焼き・お味噌汁・ケーキは貰えずサラダとご飯を貰った。途中で同級生の給食当番の友達には「ゆかりちゃん、今日はお浸しとサラダが食べてよかったね!」と言われていた。そして、みんなより少なく給食が乗ったトレイを手に担当の先生のもとに行くと、先生は言った。

「ええっと今日は、ご飯とお浸しとサラダだな。よし、OK。じゃあ、今日はコレな」

そして、〇〇用栄養補給ブロックと書かれたカロリーメイトのようなブロック型の食べ物らしいものを皿の上に乗っけた。その女の子はそのブロックを寂しそうに見つめる。先生は申し訳なさそうに言う

「ゆかりさん、うちみたいなそんなに大きな街の学校給食だと、〇〇な家庭に対応した食事が出せないんだ、大人の都合で。だから、これで我慢して欲しい」

その女の子は悲しそうな目で机に戻って行った。しかし、またもや担任の先生が声をかけた。

「あ、ごめん。今日はほうれん草のお浸しダメだったみたいだ。申し訳ない戻しておいて欲しい」

女の子はより寂しそうな顔をしていて、先生の顔を覗く。先生はそんな女の子の目から視線をそらしながら言った。

「どうも肥料に動物性のモノが使われているみたいで、それに対しての苦情があったみたいなんだ。だから、それも食べさせることが出来ない。本当に申し訳ない」

先生もまた悲しそうな顔をしており、彼女はそれをみて抗議する気もなくなったようだ。料理の入った小鉢を給食当番の友達に返すと、机に静かに座った。

「私」はまたも声をかけようと触れようと努力するが、結局は何もできずもがくことしかできない。呆然として、窓から外を見ているとまたもや烏が飛んできた。ガラスにぶち当たるだろうなと思ったが、烏はガラスをすり抜け「私」のもとに飛んでくる。また烏の真っ暗な羽で目の前が真っ暗になる。


「私」は病院の待合室にいた。白い廊下に長椅子が並び、病院独特の雰囲気がある。「私」は昔からあんまり病院が好きじゃなかった。

「一ノ瀬さん、一ノ瀬ゆかりさんのご両親の方。外来3番にお入りください」

そのアナウンスと同時に2人の中年の男女が立ち上がり、3番に入っていく。不思議と母親と思しき人の顔が見えない。「私」はその2人の後をつけて同じく外来3番に入る。

医者と看護師が待っており、二人が腰かけるのを見ると説明を始めた。簡単な前置きが終わると、本格的な説明が始まった。

「検査の結果を総合するとですね。ゆかりさんは△△というご病気です。この病気は血液の癌の一種です。ゆかりさんの場合は栄養の偏りもあったために体があんまり丈夫ではないので、無処置の場合では2年も生きれない可能性が高いです」

無慈悲な説明が始まる。その後はどんな病気なのかの説明が続いた。そして、ついに治療法のところに入る。

「この病気には特効薬があります。一般的にはこの薬剤を投与すれば、予後……つまり余命は改善され今の時点で投与すれば9割程度の人は病気が治って健康に戻れます。しかし、一ノ瀬さんは問診表によると確か〇〇ですよね……。このお薬は創薬の段階で動物実験を行っている上に、精製の一部で動物由来のモノを扱っているため、その……〇〇の方にオススメできないのです。今一度、お子さんにも〇〇を続けるのをご確認していただいて、それで可能なら治療しましょう。もしもしないのであれば、私たちの病院で出来ることは経過観察しかないです、それも症状に対しての投薬も同様の理由で〇〇の方には出来かねますのでご了承いただきたいです」

「私」はもはやそこにあるだけで思考は回っていなかった。声もかけられない、触れられない、そしてついに考えられなくなったのだった。愕然とする女の子の両親を置いて、「私」は部屋を出て待合室に戻る。

待合室の長椅子には烏が止まっていた。「私」を待っているようだった。「私」は烏の前で立て膝をして、烏と目線を同じ高さにした。すると烏は優しく黒い羽根を「私」の目に被せた。


次に「私」の目に映ったのはまたもや黒と……白の横断幕だった。

ポンポンポン。

木魚の音とお経の声が聞こえてくる。葬式会場のようだ。若い女性の肖像が遺影として置かれており、参列者の一番前には母親と思しき顔の見えない女性が座っている。「私」は思わず逃げたくなり、必死に葬式会場を出る。

すると、会場の外で近所のおばさん同士が話しており、その会話が聞こえてくる。

「ねぇねぇ聞いた? 一ノ瀬さんのとこのゆかりさんは実は自殺だったらしいのよ」

「えー、そうなの知らないわよ! だって、なんか血液の癌だったんでしょ?」

「それが、結局、あのお母さんが〇〇をやめれなかったらしくてねー。で、治療を断って、それに絶望したゆかりちゃんじゃ病気の痛みと親への憎しみで、自ら……ってこともみたいよー」

「そうなの? てか、どこで知ったのよ、それ?」

「なんかね、ゆかりちゃん。最後の最後に自分の死を覚悟して、痛みに耐えながら動画を撮影してネットにあげていたらしいの。それがネットで拡散して、私の息子がそれを見つけて教えてくれたのよ。いや、それが痛々しくて……」

「なにその動画?」

話をしだしたおばさんが、おもむろにスマホを取り出して動画をみせる。「私」もその動画をのぞき見る。

その動画では、見る耐えないほどにやつれたゆかりと名乗る若い女性が自身の環境と人生における経験を語り、治療を自らの意志の外で断られて痛みを抱えながら死ぬことが決まっている話をしていた。家族のもとを離れて治療するのも考えたが、もういっそのこと死にたいと思っていたため受け入れたと言っていた。本当は病気で死ぬことが一番いいと思ったが、痛みにこれ以上耐えられないために自殺を選んだらしい。動画の締めでは「〇〇は一つの考え方として認識されるべきだと思っているが、それは一個人で納めるべきだと思う」と言っていた。自室で取られたであろうその動画が終わる最後の最後で、天井から吊るってあるロープが見えた。

「あんまり元気な子じゃなかったけど、親が〇〇を強要してからなんてね……親は子を選べないなんていうけど、悲しいわね」

「だって、外見もあんなにやつれてたのに可愛かったし、勉強だって出来てたでしょ? まだ高校生でもっといろんなことができたろうに……本当に可哀想ね」

おばさんたちの会話が終わると、「私」は呆然とすることしかできなかった。ただただ空を見上げた。まだかすかに聞こえるお坊さんのお経が耳に入ってくる。

「私」はまたもや走った。ただ今度は逃げるためではなく、戻るために走った。そして、葬式会場の最前列に座る母親を全力で殴った。そう殴れたのだ。そして、殴られ倒れた母親を何度もゆすった。

「ゆかりは、ゆかりはあんたのせいで!! あんた、あんたのせいで」

「私」は何度も言う。そして、何故かみえなかった母親の顔は晴れていき正体をあらわにしていく。そこにあったのは自らの顔だった。

「そう私のせいで私のせいで……おんなじ○○仲間から指さされるのが嫌で、自分の考えを否定するのが嫌で、自分の弱さを認めたくないがゆえに私は……」

わんわん泣いた。ひたすら泣いた。ただそれしかできなかったからだ。するとそれを見かねたかのように、葬式会場の入り口から烏が入ってきた。烏は私に向かってきて、私の足の近くに止まった。私は烏に土下座をした。もうなんでもいいから縋りたかった。

「お願いします。なんでもいいのでゆかりを助けてください。この際、私の命もちっぽけな意地も弱さもすべて捨てますだから」

そうして頭を下げていると、その烏は足の間から出した三本目の足を私の頭に乗せた。私はさらに懇願した。目を閉じてもう一度祈った。

「お願いだからゆかりを助けてください」


目を開くと、また水桶のところに戻っていた。しかし、水桶には水は張っておらず、息苦しさはもうなく足に土の湿り気を感じるだけだった。頭には誰かの手が乗っている感覚がある。そしてまた聞こえてくる、甲高い声。

「このセカイは少し違うセカイか少し先のセカイ。今回は気付いた大オマケだよ。送ってあげる、まだ間に合うし」

そうナニカがいうと、私は娘の部屋の前にいた。私は濡れて土まみれの足をなんとか動かして、娘の部屋に入った。娘は今まさに首にロープをかけようとしていた。私は娘に飛びついて娘とロープをひきはなした。

「ごめんね、ゆかり。本当にごめんなさい」

久しぶりに抱いたゆかりの身体は衰弱していていることがよくわかった。ゆかりと私は二人で泣いた。


あとがき⇒別記事で

写真:滝

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