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Je t'aime

背の高いあなたを意識したのはいつだったのか。

ハッとした記憶を繋ぎ合わせれば答えなんて出るんだろうけど、出したくないのは。

惚れたほうが負けだと言う俺の性か。


いつも冷ややかな視線をぶつけるあなたに、切込み口を見出だせなくて。

かわいくない。
なんて思いながらも。

私物のスマートなコーヒーカップの隣にサンプルでもらった様子のぽってりとしたマスコットが見上げている。

さらりとした整った顔に笑い顔が幼く見えて。
男まさりな性格のくせに。

可愛くて綺麗だなどど常々思うのは。
何だというのか。


今日もふわりとハーブのような、爽やかな香りを纏って現れる。


書類を差し出す、スラリとした指先に。
胸がざわつく。


器用に動く手先は。
仕事が出来る部下と同じ爪の形。



給湯室へコーヒーを取りに行くとあなたがいて。
少しどきりとした俺は。
淹れたばかりのコーヒーをひっくり返し。

あろうことか、カップを割ってしまった。

大丈夫ですかと。
素早く片付ける姿に申し訳なく。
「俺がやるから、いいよ」

それより、スーツの汚れをと。
スマートに後片付けをしてくれた。


ふと顔をあげると。


すみません、付いてますと。

茶碗ふきで耳たぶをそっと挟まれた。

さっきまでカップを拭いていたその布巾がほんのり温かくて

どきりとした。


焦った俺は。
ありがとうと耳たぶを触ると。
チクリとして。

カップのかけからが。


手を洗ってから触ってくださいと。
かなり接近して。
そっと欠片を取ってくれて。
また耳たぶをつままれた。

ふわふわとあの揺さぶる香りに包まれて。
言われるがままに手当され。


恥ずかしくて耳が熱い。
ジンジンする耳に絆創膏を貼るあなたに。

そっと盗み見ると。
屈んだ胸元からほんの一瞬
ビビッドカラーに包まれた膨らみが見えて。


どうにかなりそうで。

思考回路が
空回りしたら。







舐めて





なんて。
言いたくなった。


自分の動揺に衝撃も受け。

しばらくの間
みっともなく俺はフラフラで。
妻が訝しむ。

あなた、最近どうかしたの?

忙しいんだとごまかしたけど。
きっと違うと分かっているのだろう。


出張帰りに行きつけの店で新しくボトルを入れた。
出張自体は手応えがあって良かったが。
どうにも調子が狂う。

酒は進むが全く酔わなくて。

「今日はどうなさったの?
心ここにあらずですね。」

自分と似た年のママがグラスの雫をそっと拭う。

まぁね

煮えきらない答えの俺にうふふと笑って。


いい人でも見付けちゃったのかしら






図星を指した。







支払いを終えてひとり、ふらふらと歩く。

何だこのもやもやは。


彼女の顔しか浮かばない。
何だこれは。

あの、スパイシーなハーブの。
すぐに消えてしまう香りにどきりとさせられ。
電話でフランクに話す笑みに嫉妬を感じたり。

冷ややかな視線を俺にぶつけるときも。
さっとすぐに対処する細やかさや。

サラリとしたボブショートを耳にかけるしぐさ。



一緒に飲みたかったな。
なんて思いがよぎったとき。




スマホの通知音が現実を突きつける。


「パパさん、飲んでるの?もう帰ってくる?」








しまった…
今日は妻の誕生日。

あぁ、そうか。
俺は恋をしているんだ。
かつて妻にそうしたように
ふわふわと浮かれた気持ちがぼんやりと蘇る。

体が熱くなって、早く帰りたくなった。

この歳で何てこった。
今更ながらこんな様になれるのかと感心しつつも。
ひと回り以上歳の離れたひとに

負けたなんて思いたくないから。

閉まりかけのフラワーショップでブーケを作ってもらう。
花言葉が思いつかないから、妻のありのままを伝えて。
誕生日用だと。




玄関のドアを開けるなり、おかえりと妻が出迎えてくれた。

遅くなって悪かった。
花束を差し出す。

お疲れさま、と
ニコリと微笑んだ妻を鞄も下ろすのを忘れたまま。

ぎゅっと抱きしめて。
首筋にキスをした。


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