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第四十一話 桟橋の上で

波の音、通り抜ける風、青い空と白い雲、透明な海と、白い砂浜。
蝉の声、リスや鳥、オオトカゲ、魚。
釣りをして、ジャングルトレッキングして、海に潜って、上がってきたらご飯食べてハンモックに揺られてボーッと過ごす。

これ程の贅沢は無い。

今は世界の何処に居てもネットがあるから便利にはなったけど、どこか心が休まらない。
写真をアップしないと、連絡しないと、と常に何か気に掛けてないとならない。

でも、この時は人と人が繋がるのは、会った時くらい。
もしくは、over sea callという手段で電話するかしか無かった。

買い物に行くにもジャングルを歩かないと行けない。
だから完全にここは外界から遮断された、地上の楽園だった。

僕はそんな場所の中でも、一番好きな場所があった。
それは桟橋の上。

桟橋の先端で釣りをしたり、音楽を聴いたり、そして必ず、夕陽が沈むまで眺めていたりするのが大好きでした。
こんなに空を、雲を海を眺めてる時間が長かった時は、この時くらいしかなかったと思う。
 
 ここからの景色は格別で、桟橋の右側方向が西側になり、大きな夕陽が水平線の向こうに沈んで行くのが見える。本当に夕陽の向こうにまで行きたくなるような景色。水平線の向こうに沈んで行く夕日を毎日眺める。
反対側、桟橋の右方向は海岸線が見え、その奥はジャングルと山。

人工物が殆ど何も見えない。

原始の地球はこんな景色だったのかな、そう思えるような光景だった。
 
 昼間はこの桟橋の上で釣りをして、時々、横になる。空を見上げる。
雲の形がどんどん変わっていくのを見て、デザインのイメージを膨らませたり、音楽を聴きながら絵葉書を書いたり。
そんな事をして過ごせるような場所でした。
 
その桟橋から海へと飛び込むと、「あの」ナポレオンフィッシュの小さな(それでも70cmくらい)やつがいつも居る。
毎日顔を合わせるから、向こうも慣れている。
僕は「そいつ」と、よく挨拶をしてました。
他にも、いつも同じくらいの時間に居る魚、そしていつも同じ場所に海亀が居たりするのです。

それを毎日確認しに行きました。

「お、今日はのんびりしてるな」とか、「今日は居ない。大丈夫だろうか?」とか心配してみたり。

この頃から完全に、食べる以外で海の生き物を、同じ地球の仲間として認識し始めたのです。
 
 夕陽の時間帯、桟橋の左側(海岸線側)、買い物に出る村の方向、森の中から沢山の煙が上がるのが見える。
それぞれの家庭やレストランで、食事の支度をしているのです。
浜辺の奥、椰子の木々などの森の中から煙が上がるその光景は、何と原始的で何と美しいのでしょうか。

この頃はまだよく停電もあった時期なので、火の明かりしかない時もあり、対岸のその景色が非常に原始的であり、かつ美しかった事を今でも鮮明に覚えています。
 
 陽も落ち、夜空が闇に包まれ始める頃、今度はハッキリと天の河が空が白くなる程に広がっている。
かつて見た事ない程に、沢山の星が空を覆い尽くす。

空に吸い込まれそうになる。空がそのまま落ちてきそう。海と空の境目が分からなくなる。

この地球と自分が同化してしまいそうな錯覚に陥る。

夜は桟橋にいると、空の真ん中に浮いてるような気持ちになり、平衡感覚もおかしく、自分の脚でちゃんと立っているのか分からなくなるので、余り長居はしませんでした。

時々、ボートで夜の海にも出ましたが、夜光虫というのが海面に現れ、満点の星空と夜光虫が光り、何とも幻想的な光景を目の当たりにしました。
何て自然は綺麗なのだろうと言葉にならない感動を覚える毎日でした。

 桟橋で時間を過ごした後、夜はレセプションのあるレストランで、皆んなとのんびりと談話。

誰もメールもチャットも無いし、動画も観れるわけじゃないので、自然と旅人や従業員が集まってくる。

この暑いのに猫達も集まってにて、膝の上に乗る。直ぐに下ろす。
そのままにしておくと、人の肩や頭の上にまで登ってきて、そこで寝てしまうので。
それでも時々、何匹もの猫達に乗られて、まるで彼らの為のベッドのようになっていた事もあった。

テーブルの上、ゆらゆら揺れるランプの炎を見て、ボーっとする。
 
なんだか、ここだけ時間が止まってしまっているような毎日でした。

この後も多くの島で「島暮らし」はしたけどこの時程、満点の星空やあらゆる面でベストな環境は、まだ見つかっていません。
そして今では、この島ですら、この時と同じ景色はもう見る事は出来ない。
 
 
僕らは、マレーシア滞在期間のギリギリまでをこの島で過ごし、そしていよいよシンガポールへと入国するのでした。

自然の宝庫だったマレーシアから、今度は大都会のシンガポールへ。
果たして、そのギャップについていけるのだろうか?

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