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生きること、学ぶこと


(問い)大学はなぜ変われないのか? どうしたら変革できるのか?


〜「教育神話」とは?〜 その1


 
 
John Tagg*は、今の大学は破滅していると過激な言葉で問題提起した。
大学の改革を阻んでいるのは「インストラクションパラダイム」の中にあるからで、それを「教育神話」と呼んだ。

“THE INSTRUCTION MYTH : Why higher education is hard to change, and how to change it.”(JOHN TAGG RUTGERS UNIVERSITY PRESS2019年)では大学が改革できない構造(神話)を分析して、どのようにしたら前へ進むことができるかについて考察した。神話には、心理学・教育学・社会学・経済学などで理論化された言説を数多く引用した。
今回は5回シリーズにしてまとめることにする。
 
論点は、
 
1.大学がどう破滅したか、何故それにもかかわらず改革を拒んでいるのかを説明したい。
 
2. 私の指摘は、学生が人生や社会での責任能力を培うことができていないことだ。
 
3. 大学は「インストラクション・パラダイム」の中にあって、教える機関となっている。これを私は「教育神話」と呼ぶ。学生はシステマティックに教えられれば上手くいくという神話がある。
 
4. 私の主張は「ラーニング・パラダイム」への転換です。重要なのは学生が何を学んだか、どのように学んだか、社会で役立てているかだ。
 
5.「インストラクション・パラダイム」の大学は、ティーチングプロフェッショナリズム神話や教員の秘密を許容している。基本的に教員は正しいことをしていると全てをカモフラージュする。その結果、学費は上がり、教育の質は落ちた。
 
6. 何故大学は変われないのか?このことは殆ど議論されていない。
 
7. この本では、現在の大学が保有するパターンの中で大学はどんなシステムが機能するのかについて考えた。
 
大学はなぜこんな状況になってしまったのか?Where are we and how did we get here?
 
 正しいことをやっていないからだ。大学のガバナンス、学習環境全体が、「ラーニングパラダイム」を支援する体制になっていない。単位さえ取得すればよしとする。単位の取得は学びの実現とは全く違う。学生がラーニングできている証拠を集めていない。学びの結果を意識していない。

 そもそも米国の高等教育はドイツのフンボル大学モデルの「インストラクション・パラダイム」が大学院の教育体系として導入された。(ジョンズ・ホプキン大学ほか)1945年から75年は米国の大学・大学院の黄金時代で、それぞれ5倍、9倍に増えた。専門研究教育の教員は増えるが、研究をしない大学の教員は不足して安易な講義による「インストラクショナル・パラダイム」が中心となった歴史がある。
 
 
改革の妨げとなっている神話とは何か?Why is change so hard?
 
 まず、「現状維持の偏見」という神話だ。自分は正しいことをやっているはずであると言う偏見がある。いくつもの変革は提言されるのだが、基本的なところで、そんな改革は幻想であると否定されてしまう。多くは正当に評価されての結果よりも偏見によるものだ。
 
 ダニエル・ベルヌーイの「限界効用逓減の理論」によると、改革によって得られる満足度が少ない時にはリスクを選ばない。なぜ改革が必要かの提言の方法によって受け止めは変わる。問いは、しばしば答えを誘導するものだ。人々は、ポジティブな枠組みが提示されるとリスクを回避する傾向があるが、ネガティブな枠組みが提示されるとリスクを求める。
 
「プロスペクト理論」によると、選択の結果得られる利益もしくは被る損害および、それら確率が既知の状況下において、人は損失回避を選ぶ。(ダニエル・カーネマン(行動経済学)とエイモス・トベルスキー(心理学)「実践行動経済学」)
 
 人は新しいことを獲得するより既得のものを失う方を嫌うものだ。損失は獲得の倍のダメージを受けるからだ。既得のものは新しく入手するものよりも価値があると考える傾向がある。自分の持っているものを高く評価し、手放したくないと考える。「授かり効果(保有効果The endowment effect)」と呼ぶ。(リチャード・セイラー(経済学))カーネマンがマグカップを用いた実験で実証した。
 
 人間の行動や価値判断はよく不合理な決定をしてしまう。最初に自分が価値を見出したものにとらわれる傾向がある。先に与える情報が後の人に影響を与えるという心理だ。(ダン・アリエリー(行動経済学)「不合理だからうまくいく」)
 
 ほとんどの意思決定には、現状維持の選択肢がある。現在または以前の意思決定を続けるか、維持するかだ。(ウィリアム・サムエルソン(経済学)とリチャード・ゼックハウザー(経済学))セイラーは現状維持には遡及コスト(sunk cost:既に投資して戻らないもの)の影響もあると分析した。


*John Tagg: Palomar College in San Macros 名誉教授、SoTL(Scholarship of Teaching and Learning)、著書"The Learning Paradigm College"


ジョン・タグ教授とディ・フィンク教授による「世紀の対談」―「教育パラダイム」と「学習パラダイム」における教育と学習を語る より


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