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わたしたちの結婚#19/プロポーズの日と待ち合わせ


「今日はどこで結婚式なの?」

行きつけの美容師さんが聞いた。
友人の結婚式のたびに予約していたら、ヘアセットイコール結婚式だと覚えてくれたみたいだ。

私は少しはにかんで、
「今日は違うんです。今日は私がプロポーズしてもらう日なんです」

美容師さんは、目を丸くして驚いた表情をして、
「彼、彼女にそんな重要なネタバラシしちゃってて大丈夫なの?」
とケラケラ笑った。

「じゃあ、とびきり綺麗にしなくちゃ」
そう言い終わる頃には、美容師さんはすっかり職人の顔をしていた。


いつも友人の結婚式のために予約していたヘアセットを、今日は自分のために予約した。

セルフセットでも問題なかったけれど、一度でいいから、自分だけのためにヘアセットをしてみたかった。そんなささやかな夢をそっと叶えた。

美容師さんが、小ぶりのカーラーで丁寧に髪を巻いていく。

柔らかくて、細い癖っ毛は、私のコンプレックスのひとつだ。いつも明後日の方向へ自由気ままに伸びている。けれど、この美容師さんの言うことだけは素直に聞いてくれる。

今日だけは、大人しくしていね。
いつも、てんでばらばらの方向に自由を求める髪たちに、心の中でお願いした。


空色のワンピース、焦茶の鞄、そして薄いピンク色のピンヒール。

早起きして念入りに仕上げたお化粧。
手首に少しだけ、お気に入りの香水。

そして、ヘアセット。


私は私がピカピカになるのを感じた。
鏡を見て、とびきりの私が完成したのを確認する。

よし。


「ほら、可愛くなった」
美容師さんがとびきりの笑顔で褒めてくれる。


その一言で、とびきりの勇気が貰えた。




店を出て、少しあるくと、夫が車で待っていてくれた。

「さあ、行こうか」

夫の腕はいつもと違う腕時計をしていた。

視線に気づいた夫が、
「少し、おしゃれしてきたんだ」
とはにかんだ。

しばらく車を走らせて、目的のホテルの駐車場に到着した。

外車の博覧会か何かかと思うほどの高級車が並ぶ中に、夫はピカピカに洗車した、大衆的なセダンを遠慮がちに停めた。


「いや、覚悟はしていたんだけど、これほどとは。参ってしまうね。ほら、こないだは電車で来たから」

夫は車好きで、私よりもずっとそこにある車の価値がわかるようだった。少し恥ずかしそうにうつむく夫が可愛かった。

「私はこの子が1番好みだよ」
夫の車を指差して言った。

「僭越ながら私もです。丁寧に乗られていますね」
後ろから、粋なボーイが声をかけてくれた。
上品な佇まいに、いたずらっ子のような笑顔を向けてくれていた。

「では、お車の鍵をお預かりしますね」
鍵を受け取り、私たちをホテルの中に促した。


"洗練されている"

その言葉がこれほどしっくりくる場所もなかなかない、と思った。

カフェのみの利用の私たちも待ち合いに通され、深々としたソファ席に向かい合って座った。

「なんだかすごいね」
ボキャブラリーのなさすぎる感想が漏れる。

うん、なんだかすごい圧倒された。
その、空気までが研ぎ澄まされて感じられる空間に、ソワソワした。

凛とした佇まいのスタッフが現れ、柔らかな笑顔で私たちを案内してくれた。

おしゃれなカフェの角の席、窓のそばで、明るい席だった。


ついついきょろきょろと物珍しそうに辺りを見回してしまう。


ボーイがひいてくれた椅子に遠慮がちに座り、夫と向かい合った。

「気に入ったかい?」

夫は笑顔で私に問いかけた。

私は頷いた。


私たちが初めてホテルのカフェで向かい合った、あのお見合いの日を思い出した。

あの日の夫には、よくできた営業スマイルが貼り付いていたけれど、この日の夫は、親しみやすい表情で微笑んでいた。

不思議な感覚だった。

明るい光が降り注ぐ、心地よい日だった。


私たちは穏やかに、一生忘れることのできないティーパーティーをスタートした。




ロン204.

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