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わたしたちの結婚#16/アフタヌーンティーの練習
「なるほど。これがティースタンド」
夫は神妙な面持ちで頷いた。
いかにも無骨な男子である夫とアフタヌーンティーセットのツーショットは、なかなかにちぐはぐしていた。
可愛らしいレース風のあしらいのペーパーナプキンや、ピンクのお皿が華やかに並ぶ。
「下から食べるみたいだね。ほら、サンドイッチ、スコーン、デザートの順番で食べていくんだ」
夫は得意げにウェブサイトで手に入れた情報を披露しながら、大きな手で華奢なサンドイッチをつまむと、パクりと一口で食べる。
「自分としては、もう少し大きい方が食べ応えがあるんだけど」
夫はぱくぱくとあっという間にサンドイッチを口に運んだ。
私たちはアフタヌーンティーを食べる練習のためにホテルのラウンジに来ていた。
「今度の週末は、アフタヌーンティーを食べる練習をしよう」
先週誘われたとき、頭に3つくらいはてなマークが浮かんだ。
「アフタヌーンティー?」
「ほら、今度プロポーズをするだろ。それを上司に伝えたら、とびきりの場所を教えてくれたんだ」
「とびきりの場所?」
「リッツカールトン!」
夫は初めて覚えた魔法の呪文のように、軽やかに高級ホテルの名前を口にした。
「どんな女性も間違いなく満足する場所だって聞いたんだ。こないだ上司と下見に行ってきたけど、確かにいいところだったよ。
それにほら、前にアフタヌーンティーが食べたいと言ってたよね。だから、君のお誕生日にリッツカールトンでアフタヌーンティーを食べながらプロポーズすることにしたんだ。
でも、さすがに男性上司と2人でアフタヌーンティーってわけにもいかないから、こないだは2人でコーヒーを飲んできた。
うん。きっと君も気にいるよ」
夫は終始にこにこしていて、上司はなんでも教えてくれるんだ。頼りになるだろ、なんてことを矢継ぎ早に言った。
私は、大の大人の男性(夫はわりとごつめ)が2人(ちなみに夫の上司もごつめ)でホテルのラウンジでコーヒーを飲みながらプロポーズについて話し合っている姿を想像した。
なんだかとても微笑ましかった。
夫はリッツカールトンのラウンジの装飾がいかに繊細で素晴らしかったかを話し始めて、慌てて口をつぐんだ。
「だめだ。ここからはお楽しみなんだから。君、くれぐれも当日まで行っちゃだめだよ」
そう言った直後に、プロポーズのために予約したいと伝えたときの電話口のホテルマンの対応がいかに素晴らしかったかという話を興奮気味にしてくれた。
私はその日、どんな場所で何が行われるのかについて大体把握できた。「お楽しみ」として隠された部分は、彼のプロポーズの言葉くらいだろうか。
プロポーズって、こんなに段取りよく計画されるものなのか、と意外な展開にわくわくした。
「それで、アフタヌーンティーだ。自分はアフタヌーンティーを食べたことがないんだけど、調べたら、なかなか複雑なつくりをしてるみたいなんだ。だから、一回食べる練習に行こう。もちろん、別のホテルラウンジにね」
大事なことだからね、夫はそう言いながら、私をアフタヌーンティーに連れ出したのだった。
「料理は結構一気に運んできてくれるみたいだね。コース料理みたいにタイミング悪く話が途切れたりしなさそうだ。これなら、大事な話がゆっくりできるね」
すっかり安心した表情でデザートを頬張る夫の姿を見ながら、私はスコーンにクロテッドクリームを塗った。
「じゃあ、来週は寂しいけど、デートはお休みにしよう」
夫が提案した。
「何か用事があるの?」
そう言うと、夫はとても驚いた顔をした。
「自分じゃないよ。君に休日が必要じゃないか。プロポーズの日に着る服を買ったり、美容院に行ったりしなきゃいけないんだろう?」
これまでの夫からは想像できない気の利いた提案に目を丸くしていたら、デートに連れ出してばかりだと、女性が身だしなみを整える時間がなくて困ってしまうよ、と夫の上司がアドバイスしてくれたという。
夫の上司は心底いい旦那さんなんだなあと感心しながら、夫の提案を承諾した。
私たちはすっかりこの“複雑なつくり”の食べ物を攻略し、その日を安心して迎える準備が整ったように思えた。
「ふたりのことだからね」
プロポーズについてそう言った夫の台詞が新鮮だった。そうか。プロポーズは男性がしてくれるイベントだと思っていたけど、「ふたり」のイベントなんだ。
その日がくるのが待ち遠しかった。
ロン204.
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