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三浦大輔作・演出『物語なき、この世界。』感想(ネタバレあり。観劇後にご覧ください)

三浦大輔の舞台は、初日に観ると決めている。

三浦はすでに演劇界では中堅ベテランとなり、シアターコクーンやパルコ劇場などで商業演劇も多数製作しており、もはやポツドール時代のように、ドキュメント形式で初日と楽日の内容が全然違うとか、ネタバレ厳禁、みたいな内容ではなくなっている。にも関わらず、三浦の新作というと「初日に行かなければ」と思ってしまう。それは単に習慣でしかないかもしれず、あるいは好きな作家の作品を一日でも早く観たい、応援しているから初日に駆けつけたい、といったファン心理のようなものかもしれない。

ともあれ私はこの舞台の初日を観劇した。初日というのは役者も演出家もスタッフも関係者も緊張しているものだ。私は初日独特の緊張感といったものが好きだ。一観客としても、「初日の舞台を観る」のは大きな意味がある。もしかしたら今後何度も再演されるような傑作になるかもしれないものを、世界ではじめて観ることができるのだ。あるいはそれは全然傑作でもなんでもないかもしれない。それは誰にもわからない。だって初日だから。

幕が上がると、そこには歌舞伎町が立ち上がっていた。ゴジラロード、風俗店、スナック、居酒屋・・・。お馴染みの猥雑な光景。そこに冴えない男が二人やってくる。菅原裕一(岡田将生)と今井伸二(峯田和伸)だ。二人は吸い込まれるように風俗店に入っていく。そこはいわゆるおっぱいパブ。二人はじつは高校時代の同級生であり、この時点で互いの存在に気がついていたものの、気まずさがあって話しかけることができない。その後、喫煙所でばったり会い、さもそのとき初めて再会したかのような体で会話をはじめる。この会話のぎこちなさ。二人はなんとなく飲みに行くが、いまいち盛り上がらず解散する。が、その後またしてもヘルスでばったり会ってしまう。別れてはまたばったり会う、ということを、その夜二人は何度も繰り返すことになる。

歌舞伎町、風俗、性、冴えない男。三浦作品におけるキーワードが頻出する前半部分を観ていて、三浦は40代半ばとなってもまだ描きたいテーマが変わらないのだろうか、だとしたらそれはそれですごいことかもしれない、と思った。男女の違いはあるけれど、私自身はすでに性に関する興味は薄れてしまっている。若いころの私は性に関する興味が高く、だからこそ性をありのままに描いた三浦作品に衝撃を受けたのだった。

三浦作品というと未だに「性をスキャンダラスに描いた過激な作風」などという枕詞がついていたりする。確かに若いころの三浦はそうした作品を作っていて、その印象が未だに強いということなのだろう。けれど年を重ねて三浦だって興味の対象は移り変わっているはずで、それなのにいつまでもそうした枕詞を用いられることに対して本人はどう感じているのだろうか、などと思っていた。でも、三浦さんのやりたいことはそんなに昔と変わってないのか?

しかし後半部分を観ると、やはり三浦の興味はもう違う方向に行っていることがわかる。三浦はこの作品で自らの「現在地」をしっかり示してみせた。

後半部分では、「人はなぜ物語を求めるのか」といったテーマが描かれていく。三浦作品にしては珍しく、くどいほどに言葉によって説明される。ときには登場人物が自らを「脇役」と称したり、「この物語において自分はどのような立ち位置か」といったことを語ったりなどのメタ的な要素を帯びてくる。

はずみである事件を起こしてしまった菅原と今井のもとに、「脇役」である里美(内田理央)と田村(柄本時生)がやってくる。そこにスナックのママである智子(寺島しのぶ)が登場。

この舞台は回り舞台で、時間の経過にともない、ゴジラロードから風俗店、居酒屋、スナック、カラオケボックス、ラーメン屋、とどんどんシーンが移り変わっていく。それはシアターコクーンのような大劇場ならではの仕掛けなので、単純に観ていて楽しい。

思いがけず長い一夜を歌舞伎町で過ごすことになってしまった登場人物たち。自らの醜さを曝け出し、歌舞伎町の路上に寝転んで足をバタつかせる菅原の、なんと愚かで人間的なことだろう。

この作品における風俗嬢の描き方もまた今までの三浦作品とは違っていて、興味深かった。今までの三浦作品では風俗嬢というものは単に男の性欲を満たすための道具的に描かれることが多かったように思う。三浦作品に限らず、ほかの映画などでも、わりとそういうふうに描かれることが多いだろう。ところがこの作品では日高ボブ美演じる風俗嬢が自ら「風俗嬢である自分」のことを滔々と語る。もちろん、それだけで「風俗嬢の内面を描いた」ことにはなっていない、ということは劇中でも示されている。けれども三浦にとってはひとつの挑戦であることは確かだ。

2時間45分という時間を、登場人物たちとともに深夜の歌舞伎町で過ごした。体感としてはほんとに深夜をずっと過ごしてやっと朝がやってきたような感じだった。しかし劇場を出るとそこは渋谷で歌舞伎町ではなく、時間もまだ21時半で、にも関わらずコロナ禍で閉まっている店が多い。人々は皆マスクをつけて歩いている。これが現実なのか物語なのかなんなのかわからなくなり、足元がフワッとした。自分がどこをどう歩いているのかももはやわからなかった。ただすばらしいものを観た、すばらしいものを自分は世界で最初に観ることができた、という充実感に満ち溢れていた。


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