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『職業遍歴』#18 忙しい仕事と派遣営業の熱意

筆者が過去に経験した「履歴書には書けない仕事(バイト含む)」を振り返るシリーズ第18弾。正社員として出版社に入り、演劇雑誌の編集・ライターをしていたものの、会社の経営が傾き辞めることに。しばらくフリーライターとして仕事をしていましたが、結局は派遣に戻りました。

18. 教育系広告代理店の編集スタッフ

大好きだった演劇誌の仕事を辞めたあとも、半年くらいはその雑誌でライターとして記事を書かせていただいていました。が、原稿料は一本1万円。雑誌は隔月刊で、私が書かせていただいていたのは一号につきせいぜい2~3本。2カ月に2~3本なんて、とてもじゃないけど生活できません。私には営業力もありませんでしたから、ほかの媒体に売り込みをかけたりするのも無理でした。

結局フリーライターとなるのは早々に諦めました。私はまた派遣の仕事を探しはじめました。私は、35歳になっていました。

やっとのことで見つけた仕事は、教育系広告代理店の編集スタッフの仕事でした。繁忙期の半年間のみの短期の仕事です。業界としては最初に派遣社員として入ったこちらの会社↓に似ていますが、会社の雰囲気はまるで違っていました。

 仕事内容は、高校生が読んで役に立つような大学選びだったり職業選びの本を作ること。その本には巻末に大学のリストが掲載されており、大学への資料請求はがきがついていました。読み物部分は興味を引いてもらうためのつかみみたいなもので、メインはこのリストとはがきでした。

9時半から17時半の勤務で、時給は1650円でした。残業は基本ありませんでしたが、時々はありました。

取材に行くのは社員と外部ライターで、記事を執筆するのは外部ライター。私はただ取材日程の調整をしたり、上がってきた原稿を確認して校正して上司に回したりしていました。

この会社は大手グループだったからかもしれませんが、なにかというと縦割りで、原稿チェックにしても私→上司→編集長→部長と何段階も踏まないといけません。編集長チェックの時点で結構直しが入っているのに、部長チェックでは真逆の指摘が入る、ということも多く、正直困りました。

原稿だけでなく、取材依頼のメール文案とかもそうやって部長まで回していました。回す原稿などはクリアファイルに入れ、頭に「チェック依頼シート」をつけます。それぞれの人にいつまでにチェックしてほしいか日付を明記し、チェックした人が自分の欄にハンコを押します。編集長も部長もお忙しく、机の上にはチェックするクリアファイルが山と積んでありました。

教育系の媒体なので、校正はとくにしっかりやる必要がありました。ファクトチェック、不適切な表現がないかのチェックなど。リストの部分はあおり校正や二人で読み合わせてダブルチェックをしたりしていました。正直だるかったです。

あと、嫌だったのは、取材依頼です。私は取材依頼や日程調整を任されていました。その会社では、なぜか依頼は最初は電話でやることになっていました。知らないところに電話をかけて依頼するのは緊張するし、相手にしても知らない会社からいきなり電話があったら訝しく思うでしょう。最初はメールで依頼して、相手がそれを読んだころに電話をかけるようにすればいいのに、と思いました。でも当時はなぜか「いきなりメールするのは失礼」「最初は電話で」というのがビジネスの世界ではわりと一般的でした。今では逆ですよね。

私は嫌だったので、メールアドレスがわかる相手に対しては最初からメールで依頼していました。メールだけでやりとりしていた人もいました。今ではそれが常識です。なにがなんでも電話、という価値観はおかしいと思います。

その会社ではやることがいろいろあって、忙しかったです。派遣社員の残業はあまり推奨されていませんでしたから、時間内に終わらせるようにする必要がありました。そのためトイレに行く時間もなかなかとれないなんて日もありました。私はすっかり嫌になってしまいました。

派遣の場合、半年くらいの短期であっても、最初の一カ月はトライアル期間であることが多いです。私はもうそのトライアル期間で辞めてしまおうと考えました。しんどい仕事をやりたくなかったからです。

ところが派遣会社の営業に説得されました。派遣会社としては、短期で派遣したスタッフがトライアル期間に自ら辞めてしまうというのは、クライアントである派遣先に対して悪い印象を与えてしまいます。短期なのだからその間は契約を全うしてほしい、という感じなのでしょう。気持ちはわかります。

派遣会社の営業って、こういう言い方はあれですが、スタッフから見るとちょっと「?」という人が多い気がします。営業は基本的にクライアント側しか見ておらず、スタッフの気持ちなどは考えてくれません。クライアントのご機嫌をうかがい、クライアントの言うがままに派遣スタッフを切る、なんて営業もいます。

でも、このときの営業は、いい営業さんだったと思います。もちろんクライアントのために私を説得したのでしょうが、私自身のこともきちんと考えてくださっているのが伝わってきました。確かに、せっかく入っていろいろ覚えた会社を一カ月で辞めてしまうのはもったいない。営業の方は私にこう言いました。

「文月さん、人間力ですよ、人間力」

人間力で乗り切ってなんとかしよう、というのは、いかにも体育会系的な発想だなとは思いましたが、私を励ましてくれているんだなというのはわかりました。結局私は営業の方の熱意に心を動かされ、契約をとりあえず一カ月だけ更新することにしました(本来は三カ月更新でした)。

その一カ月の間に私は徐々に仕事に慣れてきて、次は三カ月更新しました。仕事が辛いときは、無理やり社内に好きな人を作り、脳内恋愛するようにしています。これは結構効果的です。

この会社では、私は編集長を好きになることにしました。とはいってもとくになにかアプローチをするわけではなく、ただ「今日は話せた」とか「目が合った」とかで自分のテンションを上げていくのです。編集長に会えると思うと、会社に行くのも楽しみになります。

この会社にいたときに東日本大震災を経験しました。編集長とほかの社員2人と一緒に私は運よく捕まったタクシーで帰りました。このとき編集長は楽しそうでした。遠足に出た子供みたいな感じでした。

私はそうして半年の契約期間を全うしました。最後の日は編集長からお花をいただきました。うれしかったです。

しかし、ときは2011年。震災後の不況が深刻化していました。



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