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魔女へのプレゼント

 魔女、これすなわち人智を超えた自然の力を行使する、人であって人ならざる者。それゆえに、絶滅した。そういうことになっている。
 しかし、細々とつつましく生きている魔女は現代でもいる。
かつてのように、力で人を苦しませるのではなく、人々の安寧と願いをかなえる存在として。
 どんな願いでもかなえる、ある種のシステムとして生きていく。
 そう、教えられた。
 そして、都市伝説の様な話に縋りつく人間の願いをかなえて生きていくということも。
 でも、もしそうなら、魔女の願いは誰が叶えるのだろうか?
 システムだから願いは持たない、持ったとしても自分で解決できるほどの力を持つから。それほどまでに、魔女の力は強いのだと。
 そこまで強い力を持つのなら、どうして私の願いはかなわないのだろう。
「魔衣ちゃん、クリスマスイブの日に僕を殺してくれないか?」
 誰か教えてください。好きな人が殺してくれと言った場合、私はどうするのが正解なのでしょうか。
「どうして、私なの見崎くん」
「魔衣ちゃんが、魔女だから。苦しまずに殺してくれそうだし」
 嗚呼、願いをかなえてくれるから、苦しまずに殺してくれるから。所詮この人も、私のことをちゃんと見てくれていたわけではないだのか。違うと願っていたのに。
 私は、魔女でありながら表向きは学生として暮らしていた。魔女だけではやっていけないし、何より人の願いを知るためにも普通に暮らす方が都合がよかった。魔女であることは一切隠し、目立たぬように生きていた。
 まあ、それは建前であって。魔女として願いをかなえるとはどういうことなのか、どうして魔女だけがシステムであらなければならないのか、その答えを探すためだけに学生として人の世に紛れ込んだ。
 実にくだらないものばかりだった。こんなもののために魔女は自分を犠牲にして願いをかなえるシステムに成り下がったのかと、落胆さえした。
そんな時だった、見崎君に出会ったのは。ちょっとしたことで私が魔女だと知っても態度を変えなかった。嬉しかった。人間としてみてくれたから。
 一緒にいる時間が長くなればなるほど、彼に惹かれていった。裏表ない笑顔とか、常に先を考えているところとか、いっぱい。真夏に飲むサイダーみたいにきらきらしていた。人間の女の子として、彼を本気で好きになった。
 それなのに、何故いきなり魔女として私に願いをかけたのか。魔女として扱ってきたことなど、一度もなかったのに。
しかもよりによって、願い事が自分を殺してほしい。冗談じゃない。魔女は人を殺してはならない、殺した場合は一生魔女としてシステムに従属するしかない。
 それに、何が悲しくて好きな人を殺さなければならないのか。
怒りで震える体を抑えるように、手のひらに爪を立てる。ゆっくり冷静な声で、魔女として見崎君に問う。
「何故、私なの? 今まで魔女としては見てこなかったじゃない。それになに、自分を殺せって、死にたいなら自分で死んでよ」
 見崎君は悲しそうな顔で、ゆっくり首を横に振る。まるで、それでは意味がないのだというように。
「君がいいんだ。どうしても。ただとは言わないよ、クリスマスイブの日まで君の言うことを何でも聞く。まあ、僕は人間だから限りはあるけど、何でも願いをかなえてあげる。僕の死以外はね」
 願いをかなえるための代償か、あるいは罪悪感からなのか。
 どちらだとしても最低だ。でも、欲がないわけではない。本当に、願いをかなえてくれるなら。それを願っていいなら。
「わかった。じゃあ、今日から私と付き合って。恋人として、私のそばにいて」
 どうせ、叶わないなら、一度だけ願っていいなら。見崎君は頷き、その日から私たちは恋人になった。期間限定の恋人。
 そこから、クリスマスイブの日まで本物の恋人のように過ごした。デートしたり、手をつないだり、キスしたり。
 すごく、幸せだった。偽りの恋人関係ということを忘れるくらい。
 クリスマスイブ当日。約束の日が来た。彼を殺す日が。
 彼を殺す。最初で最後の罪だ。私はもう人間に戻れない。魔女としての衣装に近い、白いロングコートを羽織り約束へと向かった。
 最初は普通にクリスマスデートして、いろんなところを見て回って、遊んで。
 あっという間に夜になった。
 街を彩るきらきらしたイルミネーションが、やけに冷たかった。
「本当に楽しかったね」
「うん、そうだね……」
 気もそぞろに返事をした。この後、私は、彼を。好きな人を。
「泣かないで」
 見崎君が私の頬を撫でる。申し訳なさそうに微笑んで。
「泣いてないし」
「そう? ならいいけど」
 震える指で術式を書いていく。楽に死ねて、死体が綺麗に見えるような術式。組むだけは組んだ。ミスはない。発動すれば彼は死ぬ。
 でも、本当にそれでいいのか? もっと別の方法があるんじゃないのか? 魔女としての使命を果たすのが、正しいのか。
葛藤が止まらず、キラキラした輝きが広がって滲んでくる。
「やっぱりやめようよ……」
 魔女としての私を捨てたくなった。魔女であることを恨んだ。好きな人を手にかけるなんて、私にはできない。それでも見崎君はきっと揺るがない。見崎君は私の心なんて知らないから。
「やめない、死ぬのなら、僕は君に殺されて終わりたい」
 その一言で、その決意に満ちた表情で、心は決まった。
 笑って、泣きそうな声でそう言われたから。
「さようなら、見崎君。私はあなたが本当に好きでした」
 笑顔で最後の一文字を描く。見崎君は私に抱き着くようにして倒れ、二度と目覚めることはなかった。
 彼をそっと、ベンチに座らせ眠っているように偽装する。
 長いまつ毛に、柔らかそうな茶色い髪。ちょっとだけ、ふっくらした頬。少しだけ低い身長。私が好きだった人のすべてが、抜け殻のように落ちている。
 虚ろにそれを見つめていると、彼の手に白いものを見つけた。ゆっくり引き抜き、隣に座ってみてみると、小さな封筒だった。
 差出人はミサキ、あて名は、魔衣。
 寒さで震える手で、封を開けると手紙が入っていた。
 手紙を開くと、涙で滲んだ文字が書かれていた。一通り内容を読み、手紙を魔法で燃やす。封筒をさかさまにすると猫のピアスが入っていた。
 嗚呼、いつだったか、猫カフェでデートしたときのことを覚えていたのか。無感情にそう思った。ふたりとも猫が好きなのに、じゃらし方が下手で懐いてくれなくて。それをお互いに笑いあって、可愛いねなんて言って。なんとも暖かい色をした思い出だ。
 本当に君は馬鹿だなあ、白い吐息とともに吐き出した言の葉は冷たいイルミネーションの中へ消えていく。
「馬鹿で最低なサンタクロースだよ、君は」
 馬鹿なサンタさんへ魔女からのささやかなプレゼント。ピアスと大切な日々をプレゼントしてくれたお礼。
 もう、意味はないかもしれないけどそれでも許してほしい。そう願いながら、冷たい唇に自分のを重ねる。無味無臭で特に感動はない。
 満足そうに笑っている彼を残して、人から魔女というシステムに成り下がった。

 魔女、これすなわち人智を超えた自然の力を行使する、人であって人ならざる者。それゆえに、絶滅した。そういうことになっている。
 しかし、細々とつつましく生きている魔女は現代でもいる。
かつてのように、力で人を苦しませるのではなく、人々の安寧と願いをかなえる存在として。
 どんな願いでもかなえる、ある種のシステムとして生きていく。
 都市伝説のように聞こえるかもしれない、本当のお話。
 魔女は願いなど持たず、他人の願いをかなえていく。自分の願いを持ったところで無意味だと知っているから。
 数年前のあの日から、年を取らなくなった私は、魔女として淡々と人の願いを叶えていった。多分、実績を数値化したら一番になるんじゃないかってくらい。
 必死にシステムに徹していれば、あの時の空白を埋められると思ったから。魔女であれば、自分のことは何とかなると思ったから。
 まあ、結果としてはすべて無駄だったけど。
 クリスマスイブになると、余計寂しくて願い事をかなえまくるけど、私にはサンタクロースなんていなくて。むなしいだけなのに、やめられなくて。
 ちょっと休憩と称して、イルミネーションが見えるベンチに座る。クリスマスイブの日は仕事をしすぎるので、ちょっと魔力が欠乏しやすくなる。そのため、小休憩をはさんで回復する。
 はあ、とついたため息はあの日のように白く消えて、脳裏に浮かぶのは手紙。何年たっても忘れられなかった。手紙は燃やせても、この想いだけは燃やせなかった。ピアスも。お陰様で、猫のピアスをつけた魔女なんて都市伝説も生まれたが、悪くない。それを目印に人が来るし、こっちも仕事がしやすい。
 そこだけは、あのサンタクロースに感謝しなければいけないだろう。
 ぐったりと、ベンチにもたれかかっていると、膝の上にふわふわしたものが触れた気がした。
 ふわり、ふわり。太ももを撫でる。不届きものか? 首をかしげながら起き上がると、ふわふわの茶色い猫がいた。
「みゃあ」
 猫に懐かしい面影を感じて、その名を呼ぶ。猫は、久しぶりというように鳴いた。
「ふふ、約束守るとか。君は最低で最高のサンタさんだよ、見崎君」
 膝の上に猫を乗せて撫でる。誰かに邪魔されたくなくて、猫を抱きかかえて立ち上がり、イルミネーションの中を歩いて行った。
「好きだよ、見崎君。ずっと、待ってたし、もう離さない」
 猫は任せろといわんばかりに、喉を鳴らした。
 今日はクリスマスイブ。最高のプレゼントをありがとう、私のサンタさん。

『魔衣ちゃんへ
 これを読んでいるということは、僕は死んだんだね。ありがとう、殺してくれて。そして、理由も言わずに頼んでごめんなさい。
 僕はね、借金を抱えた両親のせいでクリスマスに売られることになったんだ。けど、僕はそれが嫌だった。自分の未来は自分で決めたかったし、魔衣ちゃんといろんな世界を見てみたかった。
 でも、それができないなら、せめて君の手で死にたかった。
 だから、あんなお願いをしました。本当にごめんなさい。
 罪滅ぼしってわけじゃないけど、猫のピアスを同封しました。僕ら、猫好きだし、可愛いから似合うかなと思って。
 もし、もしも、僕を好きでいてくれるならもう一つお願いを聞いてほしいです。
 僕は猫に生まれ変わって、今度こそ君のそばにいたい。だから、いや。絶対に猫に生まれ変わると約束する。
 だから、猫になったら必ず見つけ出す。そして、その時は、今度こそ君のそばにいたい。魔女でもいいから。
 ごめんね、こんなお願い。
 でも。僕はそう思ってしまうくらい、君が好きでした。
 
 最期を看取ってくれてありがとう。また逢う日まで。

                    見崎 佑真』

 とある街にこんな都市伝説がある。
 猫のピアスをして茶色い猫と一緒にいる魔女を見かけると、その年のクリスマスイブに、その人が一番強く願っている願いが叶うと。
 まるで、サンタクロースがプレゼントを配るように、幸運をばらまく魔女がいる。
 魔女は全滅した? そうだね。
 でも、いるんだよ、実際に。全滅したように見せかけて、影から人間を支えてくれる魔女がね。


あとがき
 今回もリハビリ作です。
 自分の所属している創作グループの企画に参加して書いた作品でもありますが。下手になったなあ……。
 お題は「魔女×冬のイベント」だったので、魔女とクリスマスイブというかんじにして、切ないけどハッピーエンドなお話を書かせていただきました。
 二日で頑張ったからほめて……。

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