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白夜 ~ 一章 日常 ~ 2

 集合場所に遅刻したものの顧問はいなかった。顧問に怒られずに済み、放課後の鬼メニューは無くなった。
 部員の中に鬼メニューに巻き込まれるのを分かっていて、わざわざ遅刻者を報告する裏切り者などいない。だから、絶対にばれない。
 鬼メニューがなくなっただけでも喜ぶべきなのだ。
 が、しかしだ。人間贅沢なもので、不満なんていくらでも出てくる。
 ちなみに、今の私の文句は、寒い、眠いだ。強烈に眠い。朝練を終え、寒々しい自分の教室に行く。自席につくなり眠くなった。
 嗚呼、本当に嫌だ。筋肉痛だし、寒空の下アップで走ったせいで眠い。なんなら、登校中に近道をしようとして急な坂を走って疲れた。本当に今日は最悪だ。寒いし、布団が恋しいし。授業さぼって寝てしまおうか。
 ため息をつきながら机に突っ伏した。
 寝ていても誰かが起こしてくれるだろうと思うことにして、寝ることにした。
 隣の席の男子が引くくらいの大あくびをし、目を閉じ、寝ようとした時だった。
「失っ礼しま―す。綾桜います? あ、居た―」
 変なイントネーションかつ、多クラス侵入を堂々と果たし、挙句に、自分の名前を堂々と叫ぶ友人に切れそうになった。一応、彼女新野結愛は自分の悪友ではあるが、苦手なタイプである。
 しかも、他クラスのやつが教室に侵入し、寝ているやつに接近し、我が物顔で大声で叫ぶ奴があるか。声に出さないまでも、心の中で叫んだ。
 しかし、どうでもよくなるくらい眠かったので、知らん顔をした。隣の席の人が何か言っているが、知ったことではない。
「ねえ、あいらぁ、無視しないでよ」
 しつこく迫ってくるので、隣の席の人と同じタイミングでため息をついてしまった。お前、気が合うな。
 思わず、うぜぇ、という本音が口から洩れそうになったがぐっとこらえた。仕方なく、身を起こし不機嫌そうな目で相手を見た。
 少しぽっちゃりとした体形と、普段外に出ないという本人の性格を表すような白い肌。目元は少しだけきついが、顔の丸みで不機嫌そうにしていてもイマイチ迫力がない。緩い癖毛が湿気のせいでいつもよりふわふわしている。同学年なので自分と同じ緑のジャージを着ていた。
「はいはい、何ですか、結愛さん」
「ちょっと、不機嫌にならなくても良くない? 」
「不機嫌にもなるよ、寝てたんだから。で、何の用で? 」
「んー、今話そうと思ったけど、昼休みでいいや」
「あー、じゃあ、いつもの相談室集合? 」
「うん、昼休み始まったらすぐ来て」
「了解、あ、チャイ着アウトになるよ」
「え、あ、やばい! もう、八時半になるじゃん! 」
 目を見開き、やばいという顔をしながら、じゃあ、昼休みね、と告げてきた。
 そして、慌てて自分の教室へ走って行ったが、間に合わないだろう。ご愁傷様、哀れなり。
 数秒後、朝の会を告げるチャイムが鳴った。悲鳴が廊下から聞こえたから、何人かアウトになったやつがいるようだ。結愛も恐らくアウトだろう。本当にご愁傷様。朝練の片付けならともかく、余裕もって行動しないから悪いのだ。ざまあみろ。
「木村も大変だな」
 存在を忘れかけていた、隣の席の男子に言われた。
「何が、どう、大変だと?」
「ん、いや、朝から新野に絡まれてさ」
「嗚呼、そのことね。いい加減慣れた」
「あーね、ただ、朝からうるせぇよなアイツ」
「それは同意、てか、ごめんね」
 大丈夫と言ってくれたが、顔が全然大丈夫そうじゃない。どこかうんざりしているようだった。
 なんだか本気で申し訳なくなってしまった。昼休みにでも、あいつに文句の一つや二つ言ってやらなければならないとひそかに心に誓った。
 担任が教室に入ってきて、学級委員が号令をかける。何も変わらないいつもの日常。
 そして、昼休みはきっと、結愛の彼氏の話に付き合わされるのだろう。まあ、彼氏と言っても会ったことはないらしいのだが。詳しくは知らないし、今更、心配する気にもなれない。心配するとしても表面上だけだ。
 そう、心配して何になるというのだ。最低と言われても、腹黒いといわれても、私が○○になったのはこいつが大元だから……。
 あれ、私、今何を思い浮かべた? 
 明らかに私の感情ではない何かが、ささやいた気がした。
 否、そんな馬鹿な話あるわけないじゃないか。
 自分の知らない自分がいて、私が持ち得ない記憶を持っているなんて、そんなことあるはずがない。それに、新野結愛が何をしたというのだ。自分に危害を加えるようなことは、今まで一切されていなかったではないか。
 もし、あったとしても、誰かが言うはずだ。それがないということは、あの靄にも似た、何かが沸き起こる原因がないのだ。
 仮に、未来に起こることを予知夢として過去に見たことがあって、私が忘れてしまって感情だけが残ったのなら、話は別だが。
だとしたら、あの夢は――
「おはよう、日直、号令」
 いつの間にか居た、気だるそうな担任が日直に指示する声で我に返った。
 慌てて先程まで考えていたことを頭から追い出すために、軽く頭を横に振った。あれはきっと夢だ。夢に違いないのだ。そう自分に言い聞かせ、それ以上考えないようにした。
 日直が号令をかけるのと、小さな声で、つまらない日常を始めるための合図を呟いた。

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