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創作大賞小説部門応募作 『山の民 サンカ』 その7 日本にはサンカと呼ばれ蔑まれた山の民が居た。彼らを書き残したい。 

おじいさんに会いに行った

 僕は有給休暇を使っておじいさんに話しを聞きに行った。おじいさんは漁師を引退していたが、体もまだまだ元気で頭もはっきりしていた。
 僕の顔を見るとおじいさんがニコッと笑って、
「船に乗らんと退屈や」と言った。
 おじいさんが好きだと言っていた干しブドウの入ったチーズケーキを土産物に持っていくと、おばあさんが、
「これ、大丈夫かな」とインスタントコーヒーの匂いをか嗅いで確認してからコーヒーを入れてくれた。おじいさんも
「普段コーヒーは飲まへんけど、ケーキの時はコーヒーがええな」と美味しそうにチーズケーキを頬張った。その顔を見ながら僕は、小学生の頃話したことのある山の人たちのことを覚えているか聞いてみた。おじいさんは覚えていると頷いた。
「サンカって言うんですね」と言うと、おじいさんは、
「そんな呼び方するな。あの人たちは人からバカにされるような人たちやない」と顔を怒らし厳しい口調で言った。僕は謝り、本の題名がそうだっただけで、そんなつもりじゃなかったことを伝えた。おじいさんの顔は厳しい顔のままだったが、チーズケーキを頬張り、コーヒーを一口飲んで気持ちを落ち着ついたのか、普通のトーンに戻り
「みんなサンカやホイトって馬鹿にしてた。大人も子供もみんなバカにしていた。あの人たちはわしらよりも、もっともっと立派な人たちやった。わしはずっと尊敬しとる」
「知り合いがいたんですか」と、聞くと、
「知り合いやない友達やった」と笑顔に戻り、
「昭和になる前の話や」と話し始めてくれた。

わしは天国を見たことがある。

 おじいさんは、わしは天国を見たことがあると言った。
 何を言い出したのかと思った。
「ばあさんとの結婚式を山のみんなに挙げてもろたんや。天国や極楽は死んでから行くもんやと思っていたけどそうやない。結婚式を挙げてもろた日、ここが天国や極楽と呼ばれている場所やと思った」
 おじいさんの顔を見ると本心からそう思っているようだった。思い出話は時間が経てばたつほど美化されがちだが、おじいさんの幸せそうな顔を見ると、もちろん美化されている部分もあるのだろうが、おじいさんの中では本当に天国のように美しい思い出なのだろう。
 山の人たちの結婚式は、日頃世話になっている山に感謝し、その山で暮らす生き物全てに感謝し、その山とその山で共に生きるすべての生き物から祝われる最大の儀式のようだった。
「結婚式には人間の何倍もの動物が集まる。狐も狸も猿もイノシシも鹿もモグラもウサギもフクロウも鷹も鷲も鳶も。こんなたくさんの種類が動物がいたのかと思うほどあらゆる動物が集まってきていた。クマも遠くから見ている。聞いた話では、昔は狼も結婚する二人の顔を見に来ていたらしい。小鳥たちは、花嫁さんの近くに集まり歌ってくれる。狐や狸は花嫁さんの近くに座り、モグラも顔を出す。鹿はわしの顔をペロペロ舐めてくれた。もちろん集まってもらう限りは、こっちも精一杯のもてなしをする。食べ物や飲み物を用意する。みんなで、どんちゃん騒ぎをする。昼夜を問わずに食べて、飲んで、唄って、踊って、笑って騒ぐ。腹いっぱいになりすぎたイノシシが、そこらへんで寝そべり、酒を飲みすぎたタヌキはひっくり返り、猿はいつまでも酒を飲んでいた。モグラも土から顔を出しては、花嫁と花婿の顔を交互に見る。もちろん、そのモグラにも食べ物を渡す。モグラとウサギが並んで木の実を食べているのを見るとほんとに可愛くてな。ばあさんは、ほんとに嬉しそうに、その光景を見ていたよ」
 確かに、この話しが全部真実なら山の人たちの結婚式が天国だ。そんな世界本当にあるのだろうか。いや、あったのだろう。おじいさんの真剣な話しぶりと幸せそうな顔を見るとそうとしか思えない。
 そこにおばあさんが淡路名産品のびわをひと抱え持ってきて、
「裏山で取れたびわや、今年のは甘い」と言ってテーブルの上にどさっと置いて、その一つを取り、丁寧に剥いて食べながらおばあさんも思い出話に加わり、
「ほんまにあの日は夢のような一日やった」とおばあさんも遠い思い出に思いを馳せていた。話しは幻想的だった。
「結婚式の夜は満月やった。満月のひかりが人の表情まではっきりと見えるほど明るく照らして、焚べた火の明かりと合わさってほんまにきれいやった。そんな中で動物と人間が一緒に酒を飲み、食べて、笑い、唄い、踊り、お喋りに夢中やった」と言って、思い出しているのか遠くを見るような表情をして、
「あの日は忘れられへん」と言った。本当に天国に居るような時間だったのだろう。和樹よ、と僕の名前を呼んで、
「不思議やけどな、結婚式の日は、ほんまに動物と話せたんや。言葉で話したんやないけど、タヌキや猿やウサギやフクロウとも心が通じてた」そのおばあさんの話しを聞いて、おじいさんが、
あの日は、ばあさんの周りにタヌキやうさぎや猿や一杯の動物が来て、周りを囲んでたな。ばあさんはその輪の中で、ずっとニコニコと楽しそうやった」おじいさんにとっても忘れられない景色らしい。
 あれはほんまに天国の光景やとおばあさんが言うと、おじいさんが深く頷いた。


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