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廣木隆一「800 TWO LAP RUNNERS」

2022年4月国立映画アーカイブで、廣木隆一「800 TWO LAP RUNNERS」 原作は川島誠「800」 脚本は加藤正人。

俺たち、ほとんど反則よね。陸上競技部に所属する川崎実業のヤンキー中沢君(野村祐人)と湘南学院のお坊ちゃま広瀬君(松岡俊介)が、横須賀東のマドンナ翔子ちゃん(有村つぐみ)を縁に知り合い、陸上競技大会決勝で800m走を肩を並べて激走、まさに90年代テイストのオフビート感が好きな人には堪らないであろう青春映画。

90年代って「物語の消滅」をリアルに体験した凄い時代だったのかもしれない。フィクションもドキュメントも要らない。もう世紀末で先が見えないよ。経済はバブルが弾けちゃって政治は不安定で、夢を持てよと言われてもムリだよ。オカルトブームに自殺マニュアル、そんな時代を追体験するようなニヒリズム青春映画。

登場人物はなんだか感情がこもってないピグマリオン、いつも死が間近に迫っている意識ある。広瀬君と中沢君、翔子ちゃんに奈央ちゃんに杏子ちゃん。主要登場人物揃って5人で海水浴して、広瀬君が落としてしまうストップウォッチ。一度は見つかるけど、彼は翔子ちゃんの目の前で最後にストップウォッチを海に放り投げた。

この映画の主人公って、ほとんど本能のままに生きる野性味溢れる中沢君と、知的で物静かで同性愛者の広瀬君による、好対照な二人のイケメン高校生の同性恋愛譚に思える。同じ陸上競技に熱心に取り組む者同士が全く違う世界に生きて来たがふとした目的でビビビッと、第六感で通じ合う感じ。

京浜工業地帯とか横須賀とか葉山とか、三ツ沢と平塚の陸上競技場とか出てくる私にとって神奈川のご当地映画なんだけど掴み所の難しい作品で、エピソードを一つ一つ印象的なものから順に思い出していく、ただそれだけでいい。90年代はいったん物語が終焉した時代。リセットして新しい世紀に歩み出す、絶望の先に希望を見つけるための世紀末だったんですから。

タイトルの「800」とは陸上競技の800m走のこと。100m走や200m走みたいに短距離を思い切り駆け抜ける訳でもなく、5000m走みたいに持久力やスタミナの勝負でもない。400mトラックを2周(TWO LAPS)する。だからTWO LAP RUNNERSだ。駆け引きして相手負かす、劇中には出てこないけど私は「競輪みたいだな」と思ったよ(笑)

さて(←さて、じゃねーよw)この映画は中沢君というヤンキーと広瀬君というゲイのお坊ちゃま君がどこでどのように心の交流をして800m TWO LAP RUNNERSとしての駆け引き勝負に落とし込むか、という話なので、観客ごとに「俺ならこうするのになあ」が百様ある、監督にも脚本家にも難しいお題だったと思う。

中沢君と広瀬君が陸上競技会の予選で知り合うのはまだほんの序盤でお互いに住む世界の全く違う高校生。そんな二人がお互いの素性を分かったうえで800mの勝負をする、ただこれだけ、ほんのそれだけの作品。二人のデリケートな関係に割って入って来るのは、翔子以外に広瀬君の妹・奈央(白石玲子)亡くなった袴田吉彦の恋人・杏子(河合みわこ)

中沢君と広瀬君が知り合うのは陸上競技のスーパー女子高生翔子に中沢君が一目惚れして始まる。更に広瀬君の妹は近親相姦スレスレでキスまでしちゃう強度のブラコン。広瀬君の憧れの人だった袴田吉彦はヌードがちょっとだけ拝めるw程度で、彼の恋人杏子が不思議ちゃんキャラで現れ、広瀬君は最後に一線を超える。

そのどれもが「まあ、こういう展開もあるよね」「いや、さすがにねえだろ」「そうでもねえかなあ」「自分はこんなこと、あったかなあ」頭の中をグルングルンと妄想が駆け巡り「そうか!」(←そうか、じゃねーよw)三人の女子たちって中沢君と広瀬君を結び付ける媒介!そういうことじゃん(笑)

廣木監督は恐らく意図的な演出で女子たちをほぼ無化しているので(←私の妄想ですよw)肝心かなめの「広瀬君と中沢君の出会い」「広瀬君と中沢君の800m競走」が劇的に描ければ、その途中で広瀬君と中沢君のそれぞれの日常にどんな色恋沙汰があったとしても、実は何でもありという頑強すぎる(笑)構成で、これはこれで一つの世界観として完全に確立してる。

廣木監督の一番の強みは画力の強さ。一瞬の煌きの中に抜群の説得力を持つ圧倒的な画の美しさをスクリーンに現出。観客に感情移入とか共感とか求めず突き放している感じなのに突然、台詞と画作りが完璧な場面が現出する。女子たちは、中沢君と広瀬君のデリケートな距離感の邪魔にならない程度、三番目の立ち位置でフレームに入った時の画がビシッと決まってる(笑)

その一つ目が、夜のプールに忍び込み、中沢君と広瀬君が全裸で水泳を初めて、クロールで勝負していると、影響を受けた翔子ちゃんも全裸で泳ぎ始め、その姿の艶めかしさに中沢君と広瀬君が( ゚Д゚)とする場面。中沢君は翔子ちゃんのことが好きで、翔子ちゃんは広瀬君のことが好き。でも広瀬君はゲイ。そういう立ち位置なのだ。

陸上の練習を終えた後、中沢君と広瀬君と翔子ちゃんが三人、トラックの中の芝生にバタッと倒れ、仰向けで青空を眺める場面。陸上競技場って特別な場所だけど単純。1周400mのトラックが2本の直線と2つの半円で出来ていてすり鉢状のスタジアムの底に置かれてるだけ。底に降りた時に足が震えたのは、こんな広くて晴れがましい所にいるのは初めて。

陸上競技場のトラックに下りると、スタンドにいた時とは空が違って見える。邪魔する建物は無くて空だけ。まっ青な空に白い雲。広瀬君は外苑前の恐らく伊藤忠ビルの屋上に座り「ここが俺の一番好きな場所なんだ」すり鉢状に見える巨大な陸上競技場は建て替え前の東京国立競技場。神奈川で予選会を戦った(多分)三ツ沢公園競技場なんかとは全然、見え方が違うはず。

中沢君は翔子ちゃんとグループ交際まで発展はするんだけど、翔子ちゃんに「広瀬君と寝た」フラれて夜の京浜工業地帯をダッシュ、このヒキのカットは完璧。一方、モテ男の広瀬君は翔子ちゃんとヤッて、杏子ともヤッて、ゲイは卒業?杏子は「あなたにとってこれはスタート。私にはゴール」って言うけど、果たしてそうなんだろうか?

中沢君は広瀬君の妹・奈央といい雰囲気になってラブホに入るけど、カラオケで南沙織「ひとかけらの純情」歌いながら「あれ?お前って横顔が兄貴にそっくりじゃね?」マイクを放り投げてしまった。♪いつも雨降りなの 二人して待ち合わす時 顔を見合わせたわ しみじみと楽しくて あの恋の初めの日を 誰かここに連れて来て欲しいの♪

♪何も実らずに いつも終わるのね 若い涙 ひとつふたつ 今はいいけど♪ 陸上競技大会決勝の日。東京陸上競技場ほど大きくはないけど、平塚陸上競技場だって神奈川の高校生には聖地。ヨーイ、ドン!中沢君も広瀬君も予選会の日から色々あったけど、今はもう何も考えない。800mの競り合い。ゴールすると、二人はそのまま一緒に競技場の外に出た。


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