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伊藤智生「ゴンドラ」

2022年4月シネマハウス大塚で、伊藤智生「ゴンドラ」

ゴンドラに乗って高層ビルの窓拭きしていた青森出身の青年と母子家庭で不登校の少女が傷ついた文鳥が縁で都会のど真ん中で運命の出会い。故郷に帰る場所がある青年は孤独な少女を実家に案内し方舟に乗せ生きる勇気を与えた。全編通して優しさに充ち溢れた、時代に隠されてしまった傑作。

映画を観ながら自分にも故郷があって良かったと思った。実家だけが帰る場所じゃない、田舎の人間関係は煩わしく、何もない退屈な場所だったのにいざ離れて都会に出てみると心底「戻りたい」と思うことがあった。それは孤独でしんどい時、逃げ場があった青春時代を私は幸せに思う。

少女の母親(木内みどり)は父親(出門英)と離婚して母子家庭だが、不登校の自分を構ってくれず少女は行き場がない。そんな時、両親が離婚する前から飼っていた文鳥が死んだ。この悲しみをどうすればいいの?孤独のどん底に落ちた少女の目の前にゴンドラに乗った青年が現れた。

上映後のトークショーで主人公のゴンドラに乗って登場し方舟に乗って去って行く(笑)心優しき好青年を演じたのが伊藤監督の実弟(界健太)と知って驚いた。と同時に伊藤監督が六本木育ちの都会人と聞いて、少女の危機を救うナイトの様な青年は伊藤監督自身の憧憬なのだと思った。

ヒロインの女の子は撮影当時、不登校だったようで、世間はそれを「発達障害」と呼ぶけれど、無理やり同一化を強制するから同調できない子供が「おかしい」とされるだけで、そんな子供たちは障害じゃなくて世間の方が病んでるんじゃないか?私自身も子供の頃、神経過敏症だった。

飼っていた文鳥が瀕死の状況にある、何とかしなければ!そう思える子供の方がマトモだとは思わないか?と正論では言いつつも、実際には「なんでそんな細かいことをいちいち気にするんだよ」と言ってのける大人を信じない。人として正しい道で、ゴンドラの青年と出会って良かった。

本作は、文鳥のように籠の中の鳥としてマンションの一室に閉じ込められていた少女が、下北半島の北端の寒村と言う帰る場所のある青年に、やっと広い世界に旅立たせてくれる。青年は背中を押しただけだが、少女にとって一生ものの大事なワンシーンになる、そんな繊細な物語である。

少女の母親も決して愛情に欠けた人物ではなく、少女の細やかな感情の変化に気づかない。父親は作曲家だった。きっと繊細な神経の持ち主だったのだろう。母親が居なくなった少女を必死で探すのは少女だけでなく別れた夫への贖罪も混ざっているはず。本当の悪人なんて滅多にいない。

前半から中盤にかけては、傷ついた文鳥と傷ついた少女と、それを持て余す青年との関係性がナイーブに描かれて、観ていて時に辛くなる私であったが、青年が「そうだ!」(←そうだ、じゃねーよw)俺の故郷にこの娘を連れて行こう、と思い立った場面でセピア色はカラーに変わる。

青年にとって下北半島の漁村という、遠い遠い故郷は決してまた帰りたい場所ではなかったというのがミソだと思う。青年も少女に出会わなけれ、あんなクソ親父に二度と会うもんか!とゴンドラ窓拭きでせっせと貯金しながら都会で自活する道を一直線に進むだけの男だったのだろう。

少女がゴンドラの青年に救われた話がストレートなのに対し、青年が少女に目を覚まされる話は変化球で、こっちの方が複雑だし深みがある。少女が故郷がないなら連れて行って、そこで文鳥を供養してあげようじゃないか、同時に両親のありがたみが分かる、今じゃなくて将来でも。

冒頭、プールの授業で泳げない少女は、一人でじっと固まっているうちに、太ももから生理の血が初めて流れ出すと薬局に行ったが、どうすればいいか分からぬまま、とても不安定な思春期の入り口に立っていた。

彼女の住む大都会東京の高層マンションを窓拭きする青年は、見下ろした風景の中にキラキラと光る故郷・下北の海を見た。母親が働きに出た後、不登校になった孤独な少女は、部屋で瀕死の文鳥を抱えて固まってしまっていた。

目が合った二人、青年はなんとか文鳥を助けようと動物病院に連れて行くが、文鳥は死んだ。文鳥を亡骸を、少女は母親が少女時代から大切に使っていた弁当箱に入れた。それは愛情表現だったのかも知れないし、母親への反発心だったのかもしれない、が、母親は怒り狂った。そして少女は家出。

青年はどうしようかと案じながら、少女を俺の故郷に連れて行って元気をあげようと思った。汽車に乗って下北半島の最果てで降りて、少女と一緒に実家に帰る青年。でも、彼の父親は漁師のプライドばかり強くて、出稼ぎにも行かず酒を喰らう無精者。

反発した彼は東京に出稼ぎに出て母親にせっせと仕送りしていた。彼が出稼ぎに出た最大の原因は、酒に酔った父親に腹が立ち殴ったが、その後、母親に殴られたからであった。

母親は少女を凄く大事に接してくれて、一緒に風呂に入ってまるで家族のように暖かい家庭に少女は初めて自分の居場所を見つけたような気がした。下北の寒村は冬は海が荒れ漁ができないが今は夏。真っ白なキラキラ光が差し込む昼と、藍に塗られた夜の闇。

都会では体験できない自然の美しさと、青年の愛情に少女はドンドン心を開いて行った。でも青年は、この旅の終着点を探さなければならない。それは少女にとって最も大事な問題だった、死んだ文鳥をキチンと弔う件。

青年は砂浜に打ち上げられた廃船に板を張って手作りのボートを作り出した。そして、海沿いの岩場を延々と手を引いて歩く彼は、少女に苦手だった水泳も克服させた。そして方舟は完成、少女は死んだ文鳥を木箱に入れ、書いた手紙を添えた。

方舟は出航し、海を段々遠ざかる。彼女は笛を持っていて、父親が作曲したというメロディを、つたないながらも吹いて、青年は「いい曲だなあ」と言った。夕日が落ちて、海が鮮やかなオレンジ色に光り、明日は東京に戻るであろう青年と少女の今後を祝福した。

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