雨月物語『青頭巾』(要約)
時は室町時代、快庵禅師という僧が美濃の国から奥羽に向けて旅をしていた。
旅の途中、下野の国にさしかかり、一夜の宿を請うべく荒れ果てた寺の門前に立っていた。その寺の名を大中寺という。
快庵を出迎えたのは、痩せこけてみすぼらしい住職である。
(この人か……)
快庵は麓の里で聞いた話を思い起こす。
その内容は、この寺にいた十二、三歳になる稚児が死に、悲しみの余り住職は気の病となって埋葬もせず、生前と同じように戯れ、腐るとその肉を喰い骨を舐めて鬼となり、果ては里にまで下りて墓を暴いて死肉を喰らうようになった、という話である。
快庵は無言のまま住職の側に座ると、住職は寝室に入ってしまった。
そして夜はふけ、子の刻になろうかというとき。
「坊主めが! どこに行った! このあたりに座っておったはずなのに!」
快庵が微動だにしていないのに、住職は快庵を探して寺中を狂ったように駆け回ったあげく、疲れ果てて臥してしまった。
夜が明け、元いた場所に泰然と座っている快庵を見つけた住職は、ただため息をして、柱にもたれて座り込んでしまった。
その様子を見て、快庵は言った。
「そんなに腹が減っているなら、私を食べて腹を満たしてはどうですか?」
住職は首を振って答える。
「いいえ、あなたは仏様です。わたしの鬼の眼で仏様が見えないのは当然のこと。まして食べるなぞ思いもよりません」
快庵は諭すように言う。
「あなたを人の心にもどして差し上げようと思い、ここに来ました。わたしの話を聞きますか? それとも、断りますか? 聞いてくださるのであれば、こちらへ来てください」
おずおずと正面に座った住職に、快庵は自分のしていた青い頭巾をかぶせてやり、二首の句を聞かせる。
月が河を照らし、風は松に吹く
長い夜と清らかな宵は、何のためにあるのか
「この句の意味をお考えください。理解できたとき、本来あなたが持っていた仏の心に戻れることでしょう」
快庵は何度もそう言い残し、下野国を後にした。
※※※
一年後、奥羽からの帰途、大中寺に立ち寄るとそこは以前よりさらに荒れ果て、井戸や厠への道さえ草木に隠れている状態である。
しかし、耳を澄ますと、かすかに声がする。
月が河を照らし、風は松に吹く
長い夜と清らかな宵は、何のためにあるのか……
快庵が声のするほうへゆくと、鬚や毛髪が伸び放題で骨と皮ばかりになった住職が、雨漏りで苔むした寝室で蚊の鳴くような声でつぶやいている。
月が河を照らし、風は松に吹く
長い夜と清らかな宵は、何のためにあるのか……
快庵はつかつかと住職に近付いて禅杖を構え、「さあ、わかりましたかっ? なんのためか!」言いざま、禅杖で住職の額をピシリと打つと、住職は瞬く間に崩れ落ち、ただ、骨の上に一年前に快庵が譲った青い頭巾だけが、はらりとかかっていた。
※※※
快庵は麓の村人に言った。
「住職が良い果報に基づいて成仏したのなら、仏道の先達であり私の師です。また、もし生きていたとするなら、私の弟子です」
そう言って快庵は、住職を弔うとともに、この寺に留まることとして新たに開山した。
今でもこの寺は人々の信仰を集め、栄えているということだ。
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