第18話 ずる賢い

 ある日、俺は異世界に飛ばされた。
 異世界転生?いや、生きたままだから転移ってやつか?
 とにかく異世界に飛ばされたんだ。
 さんざん異世界モノの作品を読んできたからワクワクしたよ。
 あぁ、俺も冒険者として活躍する日々が始まるんだって!!
 でも甘かった。
 非現実的な世界にいるのに、とてもリアリティだった。
 魔法は使えない。
 スキルは覚えない。
 おまけに俺にはレベルが存在しない。
 日本にいるときと、何ら変わらなかった。
 お腹の肉が気になり始めた、30手前の普通なおっさんだったよ。
 当たり前だが知人なんて1人もいやしねぇ。
 これが詰んだってやつか。

 でも死にたくねぇから必死で働く場所を探したよ。
 いろんなところに頭を下げて雇ってくれるところを探したよ。
 で、ようやく雇ってもらったのが売り上げ不調なアイテムショップだった。
 その店は、若い娘が見よう見まねで開いた店だった。
 どうやら錬金術の才能はあるが、物を売る才能はなかったらしい。
 物が売れず困り果てていた。
 そんなとき、異世界の俺が現れたんだ。
「前の世界であった商品を売るサービス、試してみませんか?」
「それで商品が売れるなら…ぜひ!!」
 困り果てた者同士、導かれたんだな、きっと。
 俺は雇ってくれた親切な店主の恩に報いるため、知恵を絞ったよ。
 いろいろやった。

 この店に来る冒険者は、人気店の商品が売り切れで買えなかったときに足を運んでいた奴がほとんどだった。
 みんな冒険で疲れた足を引きずって面倒くさそうに来ていたよ。
 そりゃそうだ、1件目で買えると思ったのに買えなかったんだから。
 だから冒険者たちに言ってやったよ。
「あのぅ、事前にどのくらい必要か教えていただければお取り置きしときましょうか?」
 これがウケた。
 めちゃくちゃ感謝された。
 どうやらこの世界では取り置きサービスはあまり一般的じゃなかったらしい。
 他にも、人気店が夕方には店が閉まっちまうもんだから、こっちは営業時間を伸ばした。
 逆にあまりお客が来ない、真っ昼間の休憩時間を長くした。
 これもウケた。
 人気店が閉まって商品が買えなかった冒険者や、夕飯を食べてから余裕を持って買いに来られると喜んでいた冒険者もいたよ。

 この2つが功を奏してか、安定して商品が売れるようになったと、店主にめちゃくちゃ感謝されたよ。
 でも家の店の売り上げが伸びるということは、その分どこかの売り上げは減るわけだ。
 だから当然嫌味を言われたよ。
「ずる賢い」
 ってね。
 はっ?
 何が?
 何がずる賢いだ?
 商品を売るための知恵だ。
 生き残っていくための知恵じゃないか!!
 これのどこがずる賢いんだ!!
「………」

 俺がまだ日本にいた頃、会社でうまく立ち回る奴がいた。
 上司に媚びへつらうとまでは行かないけど、みんなが好きなゴルフ始めたり、会社の飲み会にはいつも参加したり。
 上の奴にはなんか好かれてたな。
 俺はそれがすげぇ癪に障ったよ。
「ずる賢い奴だ」
 ってね(笑)

 逆に俺は嫌われていた。
「この業務、やって意味あるんすか?」
 あからさまに嫌な態度を前面にだし、惰性になりつつある業務にケチをつけていた。
 もし俺が改善しようと提言したらそれは素晴らしいことなのだが、俺はそんな気などさらさらなかった。
 嫌われて当然の男だった。

 今を思えば、立ち振るまいが上手かった奴も、社会で生き残って行くために必死で知恵を絞っていたんじゃないだろうか?
 少なくとも俺よりはずっと…
 そいつはずば抜けて仕事ができる奴じゃなかったから、せめて業務が円滑に進むように必死で頑張っていたんじゃないだろうか?

 そもそもの話、干支に出てくるねずみだってずる賢い。
 丑の背中にずっと寝転んでいて、最後だけ、丑の背中から前に飛び降りて…結局ねずみが神様の元へ1番にたどり着いたことになったんだ。
 そんなねずみを神様は怒りもしなかったし。
「1番にたどり着いた動物はねずみ」
 その事実があるから干支はねずみから始まるんだ。

 ねずみもそう。
 上手く立ち回った奴もそう。
 自分が1番いい結果を残せるためにどうしたらいいのか?頭を働かせたんだ。
 ずる賢いという感情は所詮、見る側の主観なんだよ。

 取り置きサービスを止めて、営業時間の変更をしないで、正々堂々と商売しろだって?
 冗談じゃねぇ!!
 商品を売るために!!
 この世界で生き残るために!!
 ルールの範囲内でできることならなんだってやってやる!!

 その後、俺はこの店の会員カードを作った。
 そう、お買い上げの1%がポイントとして還元されるあのサービスだ。
 毎回、冒険者に商品を購入してもらったときに俺が計算した。
 この世界の商売人は、そこまでおつむが良くない。
 この計算ができるのは俺だけだった。
「なんかよく分かんねぇけど、得してるんだよな?」
 このポイント還元サービスのおかげで店は一気に大盤上した。
 町一番のアイテムショップになったよ。
 お得意さんもいっぱいできた。

 何の取柄もないおっさんがこれからもこの異世界を生き残っていくために…俺は知恵を絞るぜ!!
 例えずる賢いと言われようと必死に生き抜いてやる!!

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