新人天使おむすびちゃん:元旦
皆様、明けましておめでとうございます。
2020年はあっという間に終わり2021年になりました。
ここ天界でも人間界と同じように新年を祝って迎えます。
呑んで歌って踊って…どんちゃん騒ぎでございます。
まぁ基本、神様たちはお祭り好きですのでいつも何かと理由をつけて騒いでいるんですけどね。
さて、お正月と言えば必ず食べる物があります。
おせち料理?いいえ、それよりももっと身近な物です。
そうです、お餅でございます!!
人間界のある国ではお正月になるとお餅をお供えする習慣があります。
皆さん信じられないかもしれませんが、お供えされたお餅はちゃんと天界へ届いているのです。
そのためお正月は天界にお餅が一気になだれ込んでくるのです。数はなんと億を超えます。
当然そのお餅はありがたく頂きます。
そのお餅一つひとつに幸福や恵みを込めなければいけませんから。
だから天界に住む神様や天使が総出でお餅を食べるのです。
1つもお餅は残しません。
これが天界の風習なのです。
どんな神様も。どんな天使も。
1月1日、朝。
元旦から名立たる神々が会議室へ集結します。
名立たる神々とは、シヴァ、ヘラクレス、アテナ等誰もが聞いたことのある名を持った神様たちのことです。
彼らはこの会議室の円卓に座ります。
ちなみにその円卓に座ることが許されるのはこの名立たる神々だけなのです。
そのためみんな彼らのことを円卓の神々と呼んでいました。
そんな円卓の神々、元旦から会議をするのでしょうか?
いいえ、彼らは会議をするために集まったわけじゃありません。
ここで食事をするために集まったのです。
元旦はこの会議室で円卓の神々が食事を取ることが毎年の習慣となっています。
食べるのはもちろんお雑煮。
人間たちの幸せを願ってのことなのです。
まぁ正直言えばちょっと堅苦しいのですが、普段、円卓の神々は多忙でなかなか顔を合わせることができません。
そのため、正月くらい顔を合わせようということでみんな参加していました。
次々と会議室へと入ってくる円卓の神々。
彼らが入ってくるだけで会議室の空気が張り詰めます。
ものすごい威厳です。
この円卓の神々を案内のするのは給仕担当に選ばれた天使たちです。
正直誰もこの担当をやりたくありません。なぜなら円卓の神々の威厳に圧倒されて失神しそうになるから。
でも、倒れるわけにもいきません。
天使たちは自分たちの膝をつねってなんとか意識を保ちながら円卓の神々を席へと案内するのでした。
さて、席がどんどん埋まり、残る席はあと一つとなりました。
あと一つは誰の席なのでしょうか?
その時、ようやく最後の円卓の神が入室してきました。
最後に入ってきた円卓の神、それはゼウスです。
そのゼウスが入ってきた瞬間、談笑していた他の円卓の神々も途端に姿勢を正します。
ゼウスはゆっくりと歩き、自分の席へと向かいます。
給仕担当の天使はもう直立不動です。
ゼウスはそれほどの威厳を持っているのです。全知全能の神とはそれほどまで偉大な存在なのです。
しかし、そんなゼウスに平然と文句をいう天使がいました。
「遅い!!」
「————!!」
声がする方向へみんな目を向けます。
ゼウスに向かって文句を言う者などこの天界に一人しか存在しません。
その者の名は!?…新人天使おむすびちゃんでした。
「何、最後にのこのこ現れたのにゆっくり歩いているのよ!!早く席に着きなさいよ!!」
ゼウスはそれを聞いて申し訳無さそうに駆け足で自分の席へ座ります。
おむすびちゃん以外の天使たちは唖然として顎が外れちゃっています。
円卓の神々もおろおろしています。
しかし、それを発した張本人のおむすびちゃんだけは動じてしませんでした。
「さぁ、お雑煮運ばなくっちゃ!!」
会議室に運ばれてくるお雑煮をおむすびちゃんと他の給仕担当の天使が配膳します。
おむすびちゃん以外の天使たちは極度の緊張でお椀を持つ手が震えています。
今にも手から滑り落ちそうでハラハラします。
円卓の神々が心配して声をかけてあげるのですがその震えが止まることはありません。
まぁ無理もありません。
ただの一般人が一国の元首に食事を運ぶようなものです。
彼らの反応はいたって普通なのです。
しかし、おむすびちゃんだけは違いました。
手際よくそしてテンポよくお雑煮を円卓の神々へ配膳していきます。
そしてあっという間にゼウスまでお雑煮が行き渡りました。
こういう手際よさもあって毎年給仕係は必ずおむすびちゃんが担当に選ばれるのです。
さて、お雑煮が円卓の神々へ行き渡りました。まだお椀の蓋は開けられていません。
彼らはお雑煮の入ったお椀の蓋をゆっくりと開けます。すると湯気と共に美味しそうなお雑煮がその姿を現しました。
お雑煮にかけられた鰹節が踊り出し、その上品な香りが神々たちの鼻をかすめます。
お餅の神様、料理の神様が腕によりをかけて作ったお雑煮。
とてもおいしそうです。
円卓の神々も思わず唾を飲みこみます。
食べたい気持ちが抑えきれません。
「それじゃあ皆さん、手を合わせて下さい」
おむすびちゃんが声をかけます。
「はい、合わせました!!」
律儀にそれに答える円卓の神々たち。
「それでは、いただきます!!」
「いただきます!!」
円卓の神々は一斉にお雑煮を食べ始めます。
鰹のだしの効いた優しくて暖かいだし汁が口の中へと広がります。
大きな口でかぶりついたお餅は良く伸び、その伸びたお餅を箸で切って口の中へと運びます。
円卓の神々がみんな嬉しそうにお雑煮を食べています。
人間たちが幸福を願ってお供えしたお餅は神々たちを笑顔にしてくれる素敵なお餅なのでした。
おむすびちゃんは円卓の神々の笑顔を嬉しそうに見ています。
面倒くさがりのおむすびちゃんが給仕係を引き受ける理由。
みんなが嫌がるからしょうがなく引き受けるほどおむすびちゃんはできた天使ではありません。
普段、円卓の神々は重要な責務に携わり厳しい顔ばかりしているのですが、このお雑煮を食べた瞬間だけはその仮面が外れ笑顔に戻る。
そんな彼らの笑顔が見たくて毎年この給仕を引き受けているのでした。
早速一杯目を食べ終えておかわりを要求する円卓の神がいます。
ものすごい速さです。
その神は…ゼウスでした。
おむすびちゃんはゼウスに注意します。
「おじいちゃん!!食べるの早すぎ!!ちゃんと噛んでるの?」
「………」
ゼウスは何も言わずあごひげを触っています。
「すぐそうやってあごひげ触る。それに何、このお腹!!」
おむすびちゃんはゼウスのお腹をたぷたぷと触り始めました。
「————!!」
そこに居合わせた一同がおむすびちゃんの行為にギョッとします。
慌ててそれを止めに入ろうとします。
しかし、あまりに驚いてしまったシヴァが喉にお餅を詰まらせてしまいます。
シヴァは苦しそうに悶えています。他の神々もみんなシヴァを心配します。
今はおむすびちゃんに構っていられません。
その時、シヴァの隣の席に居たヘラクレスが力一杯シヴァの背中を叩き、喉に詰まったお餅を吐き出させ事なきを得ました。
みんな安堵の表情を浮かべます。
そんなことはつゆ知らず、おむすびちゃんはゼウスにまだ注意をしています。
「おじいちゃんは今日お餅2つまでだからね。これで最後だよ」
おむすびちゃんはおかわりのお雑煮をゼウスに渡しました。
ゼウスは肩を落として名残惜しむようにゆっくりとお雑煮を食べ始めます。
「そうそれでいいの。ゆっくり食べるのよ、おじいちゃん」
おむすびちゃんは腕を組み頷きながらゼウスを食べる様子を伺うのでした。
落ち着きを取り戻した円卓の神々もゼウスが肩を落とす姿を見て気の毒に思います。
おむすびちゃんは視線が集まっていることに気づいて声をかけます。
「あ、みんなは好きなだけ食べていいからね。お餅が2つしか食べられないのは太っているおじいちゃんだけだからね。安心して」
全知全能のゼウスが2個しかお餅を食べられないのに自分たちは気にせず好きなだけお餅を食べられましょうか?
他の神々もお餅が2個しか食べられないことを悟りました。
会議室は微妙に暗いムードに包まれます。
しかし、その窮地を救う者が現れます!!
会議室の天井から舞い降りて、その者はおむすびちゃんの背後に回り込みます。
「…う゛!!」
おむすびちゃんは締め落とされたのでした。
そこにいたのは…クリスマスの時にもおむすびちゃんを締め落とした忍者の神様です。
忍者の神様は深く深く円卓の神々へ頭を下げます。
「も、申し訳ございません。おむすびが大変失礼致しました。好きなだけお雑煮をお楽しみください」
それを聞いたゼウスがにこやかな表情に変わります。他の円卓の神々たちも。
おむすびちゃんの心配をする者は誰一人としていませんでした。
忍者の神様はおむすびちゃんを抱えてどこかへ消えてしまいました。
他の給仕係もほっとしてお雑煮を振る舞うのでした。
これが天界の元旦です。
おむすびちゃんは元旦から説教されるのです。
えぇでもこれは日常の光景なので心配いりません。いたって平常なのです。
今日も天界は平和です。
めでたしめでたし。
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