新人天使おむすびちゃん:作用反作用
いつも天界から下界を覗いているおむすびちゃん。
今日は下界に降りて、直接人間たちを観察することにしました。
おむすびちゃんは駅前広場にある時計の上に座って人間たちを観察しています。
おむすびちゃんの姿は誰にも見えません。なぜなら特別な力を使って透明になっているからです。
時間は夜の8時。仕事帰りの人たちで駅前は賑わっていました。
おむすびちゃんは人間を観察しながら大好きなおむすびを頬張っていました。今日のおむすびの具は鮭です。
ニコニコしながらおむすびを食べていると、少し大きな声が聞こえてきました。
どうやら2人の男性が口論をしているようです。
おむすびちゃんは食べることに夢中であまりしっかり見ていなかったのですが、2人は赤の他人のようです。
お互い眉間に皺をよせ、自分の怒りを相手にぶつけています。
その様子を通りがかりの人が目にします。
面白そうに見ている人もいますが、ほとんどの人は冷ややかな目で彼らを見ています。
おむすびちゃんも見ていて気持ちのいいものではありません。
せっかくおいしくおむすびを食べていたのに、なんだかおいしさが半減したような気持ちになりました。
やがて2人の男性は周りの目を気にして、お互いに暴言を吐くようにしてどこかへ行ってしまいました。
おむすびちゃんは両手に腕を組み、困った顔をしました。
人間という生き物は非常に感情豊かな生き物です。
しかし、その感情が上手くコントロールできていません。
特に一時の感情。人間はこれに成す術がありません。
突発的に湧き起こる感情に対処できず、感情のままに行動しているように見えます。
先ほどの2人の男性もきっと一時の感情を抑えきれず相手に不満をぶつけてしまい、口論へと発展してしまったのでしょう。
感情のままに行動する。それは良いことでもあります。思い立ったが吉日という言葉があるように、プラスの面でも働きかけます。
ただ、負の感情においても人間に同様の行動力を与えてしまう恐ろしいモノで、正に一長一短なのです。
おむすびちゃんはどうしたものかと考えますが、解決策が思いつきません。
なぜならおむすびちゃん自身も感情を完全にコントロールするのは難しいからです。
自分ができないことを人間に教えることはできません。
それに感情は人間にとって原動力のようなもの。
感情が無ければ人間は今日のような発展を遂げることはなかったでしょう。
人間にとって感情は本能のように抗うことが不可能なモノかもしれません。
だからといって、このまま何もしないわけにもいきません。
おむすびちゃんは人がいなくなるまでそのまま待つことにしました。
時間が経過し、すっかり真夜中になりました。
周りには誰もいません。
おむすびちゃんは透明化を解除し、時計から飛び降りました。
そして駅の柱に注目します。
「パンパン!!」
おむすびちゃんは手を叩きました。するとそこに大きな筆が現れました。
筆の先端はすでに墨汁が染みています。
おむすびちゃんはどうやら柱に何か書くようです。
小さな体で大きな筆を持ち、そして柱に向かって言葉を書き始めました。
なるべく目立つよう大きく書きました。
書き終えたおむすびちゃんは額に滲んだ汗を拭いました。
おむすびちゃんは正直自分のしたことは気休め程度だと思っています。
ただ、この言葉を見た人間が少しでも自分の立ち振る舞いを考え直してくれたらいいなと願いつつ、おむすびちゃんは天界へと帰って行きました。
早朝、駅員さんが柱を見てびっくりします。
「誰だ!!こんなところにいたずら書きをして!!」
駅員さんはすぐに消そうと試みます。
しかし、おむすびちゃんが書いた言葉はいくら雑巾でこすっても消えません。
「はぁはぁ…なんだこれ!!全然消えないぞ!!」
駅員さんはいつの間にか肩で呼吸していました。そして、
「まぁ別に誹謗中傷じゃないし…しばらく様子見るか」
駅員さんは諦めて駅の中へ戻って行きました。
通勤・通学時間になり駅利用者が駅へとやってきます。
みんな朝の慌ただしい時間でしたが、柱の言葉に気づいて目を留めてくれました。
おむすびちゃんはそれで満足でした。
時間が経過し、あたりもすっかり暗くなった夜、1人の男性が柱の目の前に立ち止まります。
どうやらその柱の言葉をじっくり読んでいるようです。
すると、その横でもう一人の男性も足を止めて柱の言葉を読んでいました。
柱にはこんな言葉が書かれていました。
2人とも言葉を読み終わると、お互いの存在に気づきました。
そして、お互いに頭を下げます。
「昨日は肩をぶつけたにも関わらず、謝罪もせずあなたのせいにして申し訳ございませんでした」
「いえいえ、悪いのは私の方です。こちらこそ申し訳ございませんでした」
そう、2人は昨日この場所で口論をしていた男性でした。
お互いに自分の取った行動を省みて、今日ここで相手に謝罪したのでした。
「この言葉、良い言葉ですね」
「えぇとっても…まるで誰かが昨日の私たちを見ていたかのようですね」
「本当にそうですね」
生きている以上ハプニングは避けて通れません。
その時の感情の行き違いで事態は思わぬ方向に発展します。まるでボタンの掛け違いをしたように。
ただ、大概の掛け違いは正すことができます。
自分に非があるのならそれを認め、相手には思いやりを持って接することができれば、そのハプニングはその人の心の糧となるでしょう。
そしてその後の人生を豊かにするでしょう。
2人はもう一度頭を下げ、そして晴れやかな表情でその場を去って行きました。
天界から見守っていたおむすびちゃんもニコッと笑い、そして腰に手を当て、空に向かってVサインをします。
「大成功~!!」
今日もおむすびちゃんの声が天界に響き渡りました。
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