1人のおっさんがアニメに魅入られました
2020年正月、1人のおっさんがテレビをつまらなそうに見ていた。
「正月のテレビって本当につまんないな~」
男はリモコンを持ってチャンネルを変える。
しかし、いくらチャンネルを変えても同じような番組が放送されていた。
男は無表情でテレビを消した。
この男、最近はテレビを見る時間が明らかに減っていた。
必ず見るのはニュース番組だけで、後は気になったドラマやたまたまテレビを点けた時に放送されていたバラエティ番組が面白そうなら見る程度であった。
昔はとりあえずテレビを点けるという習慣だったのに…男の中でテレビに対する接し方はすっかり変わってしまった。
「なんかビデオでも借りてくるかぁ~」
男は重い腰を上げた。
重い腰。
これは正月独特の動きたくない面倒な気持ちから来ているのか?
それとも歳を重ねて男の体についたぜい肉がそうさせているのか?
男の場合は両方であった。
そのため主観的にもそして客観的にも男は重い腰であったのだった。
しかし、つまらない正月番組を見るくらいなら重い腰を上げた方がいいと行動させる気を起こさせた。
車を運転する中で男は何を借りるか考えあぐねいていた。
1つ決まっていたとすれば、男は最新映画ではなく旧作映画を借りることだった。
最新作は一体どんな映画があるのか分からなかったからだ。
重い腰を上げてまで店に行ったのに、つまらない映画をつかまされたらたまったもんじゃない。
「アポロ13」、「ザ・ロック」、「アウトブレイク」、ロビンウィリアムズの「バードゲージ」で笑うのも捨てがたい。
いや、ここは正月にふさわしくないスタンフォード監獄実験を元にした「es」でもいいかもしれない。
この際全部借りてもいい。
男はそんなことを思いながらレンタルビデオ屋へ向かった。
着いた先のレンタルビデオ屋の駐車場にはたくさんの車が止まっていた。
男は空いたスペースに慣れた手つきで車を駐車させる。
店内に入るとそこにはたくさんの人がいた。
もしかしたら正月番組を退屈に感じている人がこの中にいるのかもしれない。
そんなことを考えていたら男は急に他のお客さんに親近感が湧いた。
男が目当ての洋画は2階にあった。
しかし、男はすぐに2階へ上がらなかった。
1階の邦画に何か面白い作品がないか探すためだった。
ふらりふらりと歩く男。
たどり着いた先は役者が演じる実写ではく、アニメだった。
「アニメかぁ~」
男は今までそれほどアニメを見てこなかった。
「ドラえもん」「ちびまる子ちゃん」「クレヨンしんちゃん」「ドラゴンボール」
国民的アニメや話題になったアニメをテレビで見る程度でレンタルしたことは一度もなかった。
なぜ男はアニメを見てこなかったのか?
男はマンガ好きだった。
そのためマンガを読んでいれば面白い作品は網羅できていると考えていたからだった。
しかし、この日の男はなぜか見る必要がないと思っているアニメコーナーをぐるぐるぐるぐると回っていた。
「まぁ~試しに借りて見るか」
男はアニメを数本取り、会計へと向かった。
店内は混んでいたのにレジで待たされる人はいなかった。
なぜならセルフレジとなっており、スムーズに会計することができたからだ。
男は時代の流れを感じていた。
だが世の中はもっと先に進んでおり、ネットで好きな作品を見ることができる時代になっていた。
もちろん男もそのことを知っていたのだが、
「ああいうのはハイテクな人がするもの。自分はまだレベルが足りない」
そう変な解釈をしてネットで見ることを拒否していた。
それに見るのは正月だけだと思っていたので、契約しても無駄になると感じていた。
家に帰って早速アニメを見るかと思いきや、男は昼寝を始めた。
正月なのに外出したという気持ちが疲れを感じさせたらしい。
男はスヤスヤと寝息を立てて眠ったのだった。
夜、男はやっとアニメを見始める。
何気ない感じで、寝転がって見ていた。
観るでもなく、見るでもない。眺めるという表現が適切だろう。
男は時間を潰す感覚だった。
映像に写し出されるキャラクターは画面の中をコミカルに動く。
男はいつの間にか口元が緩み、そして白い歯を見せていた。
時間を潰すためだったのに、男は真剣な眼差しでアニメを観ていた。
男はその日のうちに借りてきたアニメを全て見終えてしまった。
「はぁ~」
男は大きく息を吐く。
「アニメっておもしれぇなぁ!!」
周りに誰もいないのに、誰かに言い聞かせるように言葉を発していた。
敢えて言うならば、男は自分に言い聞かせていたのかもしれない。
男はアニメの面白さを知ったと同時に、今まで積極的にアニメを観てこなかった人生にひどく損をした気分だった。
時計を見て時間を確認する。
レンタルビデオ屋閉店30分前。
男は飛び上がる!!そして見終えたアニメと財布と車のキーを持って家を飛び出した!!
まとわりついていた重い腰はどこかへと行ってしまっていた。
男はすでにアニメの虜になっていた。
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