第9話 赤信号

 あぁ、信号が赤になってしまった。
 仕方がないのでボクは立ち止まる。
「この信号長いんだよなぁ」
 ボクはため息を吐く。
 そして辺りをキョロキョロと見渡す。
 時間は深夜。
 周りには人がいない。
 車も来る気配もない。
 よし、渡ってしまおう!!
 ボクはそそくさと横断歩道を渡ってしまった。

 横断歩道を渡り終えてからボクは後ろを振り返る。
 別に待っていても良かった。
 一体なぜ渡ってしまおうと思ったのだろう?
 真っ昼間だったら絶対に赤信号で渡ろうなどとは思わない。
 人だっているし、車だって走っているし。
 しかし、誰も見ていない環境になると、ついつい羽目を外したくなってしまう。
 ボクという人間は欲に負けやすいようだ。

 それにしても、赤信号で渡って得をする時間はせいぜい1分足らずだ。
 もしボクが敏腕経営者ならこの1分はものすごく貴重な時間となるだろう。
 しかし、ボクは凡人だ。
 そんな凡人のボクがこの時間を有効に使うはずがない。
 だらだらする時間が増えるだけだ。
 そんなことを考えているうちに1分が経ってしまった。
 ボクに残ったのは赤信号で渡ってしまったというわずかながらの罪悪感だけだ。
 こんなバカなことで悩むなら待っていればよかった。

 しかし、便意を感じていたなら話は別だ。
 ボクは迷いなしに赤信号を渡ることを選ぶ。
 罪悪感はあるもののその選択に後悔はしないだろう。
 ボク自身のプライドを守るために。尊厳を守るために。体裁を保つために。
 風の如く赤信号を渡っていただろう。

 だが、いくら便意を感じていたとしても、警察が近くにいたらボクは立ち止まるだろう。
 死ぬ気で信号が青に変わるのを待つだろう。
 それに徒歩ではなく車だとしても、ボクは同じように信号が変わるのを待つはずだ。
 車で信号無視はさすがにやばい。

 こう考えると、ボクという人間はものすごく打算的な生き物だと思う。
 欲や理性、そしてリスクが駆け引きをしながら自分が次に取る行動を決めているのだ。
 何か卑しささえ感じてしまう。
 じゃあもっと本能に忠実で動物的な生き方をすればいいのだろうか?
 しかし、それだとこの法と秩序の世界でボクは生きていられなくなる。
 それはごめんだ。
 だとすると、ボクは打算的な生き方をするしかないのだ。
 それが一番幸せなのだ。

 ボクはこれからも悩むのだろう。
 ここまではセーフ。ここからはアウト。
 そんな狭間を行き来しながら上手く立ち回っていかなければならない。
 清廉潔白な人間になるなんて無理な話だ。
「めんどくせぇなぁ~、人生って」
 これ以上考えても仕方ないので、ボクは家に帰ることにした。

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