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雪が降る夜、深海を思う

ただ雪が降る夜、わたしは見上げる。
しんしんと、というような静けさではない、かといって大粒の綿がもりもりと、とまではいかない。吹雪いている訳でもない。ただ、何遍も見飽きた通勤路の何一つにも目が向かず、ああ雪だ、と思うほどの雪である。主の祝祭を彩るなど興味のないような、主役の雪である。

そういう雪の日、わたしは深海を思う。
横断歩道を待つ自分の足元が海底に接地する。一度とも見えることのない海面を見上げ、果てのない暗がりからふわふわと揺れ落ちるプランクトンを見つめる深海の暮らしを思う。わたしの知らない深海の生きものが見る日常を思う。海の底と、雪国で帰り道を歩くわたしに通じるものがあるとしたら、それは本当に可笑しくてすごくわくわくすることだと思う。

通じる、といったけれど、正しくはわたしの一方通行だ。わたしは海底に降るプランクトンを知っているけれど、彼らは雪を知らないままだから。わたしだけが海の底を思い、彼らにはただ日常が流れる。独りよがりの共通項は少し寂しい。
水族館の生きものには、深海から連れてこられたのもいるだろう。今晩のような白い夜を見せてみたら、故郷の水底に降る雪を思い出すだろうか。それとも、まるで違うと文句を言われるだろうか。だとしたらやっぱり私の独りよがりか。

夜がふけて、町は更に埋もれているだろう。
雪が降る今晩は、わたしは海の底で眠る。


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