ホワイトボードで欠品を防ぐ
[要旨]
相模屋食料の鳥越さんは、コロナ禍で卸先のスーパーからの発注が安定しない中、ホワイトボードに情報を書き留め、それを写した写真をiPhoneのアプリで送信して社内で共有したそうです。その結果、各工場で迅速な対応を行うことが可能になり、欠品を防ぐことができたことから、スーパーからの信頼を高めることができたそうです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、日経ビジネス編集部の山中浩之さんが、相模屋食料の社長の鳥越淳司さんに行った、インタビューの内容が書かれている本、「妻の実家のとうふ店を400億円企業にした元営業マンの話」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、相模屋食料では、社長に権限を集中させていることから、顧客からの注文に応じた、柔軟な生産を行うことが可能になっており、例えば、受注した製品を複数の工場で生産させることで、「今日言われて今日つくって今日届ける」という、ジャスト・イン・タイムに近い納品を行うことで、競争力を高めているということについて説明しました。
これに続いて、鳥越さんは、柔軟な生産体制が、コロナ禍で乱高下した受注をうまく乗り切ることができ、小売店からの信頼を得ることにつながったということをご説明しておられます。「(コロナ禍では)これまでの売れ方とまったく変わってしまったので、スーパーさんも発注のロジックが通用しなくなって、どのくらいまで注文すればいいのかわからない。(中略)セールの時は、発注量が予想できるから、大波でも対応できるんですが、この時は、明日はどうなるか、スーパーさんも我々も、全然わからないという。(状況でした)(中略)
でも、『とにかくつくれるだけつくる』とやっていたのでは、売れ残ったり、原料の豆が足りなくなったりして、たちまち欠品です。生産を柔軟に割り振って、スーパーさんの要望に対応せねばなりません。そこで、今回、『災害対応ボード』というのを導入しまして。(中略)ホワイトボードに、発注がこれ、何時までに生産完了して、とか書いていく。全部私の手書きです。これをスマホで撮影して、アップルの『iMessage』で関係者全員にぱっと送って、状況を共有します。
誰が何をどこでやっているか、何に困っているかを、私がまとめてボードに書いて、撮影して、送信して、共有しながら進めていく。情報をブレなく、瞬時に、伝言ゲームなしで伝えることができる。どこそこの工場で、こういう原因でトラブルが起きたから気をつけて、とか、営業の方からはライバルメーカーの欠品情報だとか。そこに、『ということは、多分、うちに欠品分の発注がくるから、準備しておいて』と、私が指示を付け加えるわけですね。(中略)
幹部は、みんな、スマホをiPhoneに統一して、iMessageを使えるようにしています。画像や動画がぱっと出せると、『あぁ、このトラブルはうちも可能性があるな』と、すぐ気づけますからね。(中略)災害があってから突然初めても、うまくいかなかったでしょうね。共有するだけじゃ意味がなくて、届く情報に対して、自分が対応すべきか、しなくても大丈夫かの判断が必要で、慣れてくるとそれが速く正確になっていく。導入した当初は、『やっぱり話した方が早いよ』という人もいましたが、『じゃあ、30何人といっぺんに話せるの』と、メリットが浸透してきて。(iMessageの利用に肯定的な人が増えてきました)(89ページ)
この鳥越さんの危機対応に関するエピソードから、私が気づいたことは、次のとおりです。1つ目は、情報化武装というと、ちょっとしたシステムを導入しなければならないと考えている方も少なくないと思いますが、鳥越さんの場合は、スマートフォンとホワイトボードしか使っていません。もちろん、iMessageは、iPhoneが登場しなければ世に出なかった、便利なツールでしたが、いまでは多くの方にとって身近になっているアプリです。ですから、情報化武装はシステム投資や労力がともなうものという先入観を持っている方は、決してそうではないというように考え方を変えていただきたいと思います。
2つ目は、組織の3要素のひとつとしてのコミュニケーションの重要性です。(ちなみに、組織の3要素の、残りの2つは、共通目的と貢献意欲です)同社が予想のつきにくい受注に対して欠品を防ぐことができたのは、それぞれの立場でしか得られない情報が、すべての従業員の方たちに共有されていたことと言えるでしょう。そして、コミュニケーションは重要であると認識されている割には、実際には、コミュニケーションが限定的で、情報が共有化されていないということは、しばしば、起きています。
このようなことは、意図して情報を持つ人を限定しているというよりも、強く意図して、会社内のコミュニケーションを活発にしないと、結果として、情報を持つ人が限定されてしまうということのようです。しかし、同社では、iPhoneなどによって、コミュニケーションが円滑に維持されていたことから、その効果が発揮されたと言えるでしょう。
3つ目は、共有化された情報に対する、従業員の方たちの対応力です。鳥越さんも、「共有するだけじゃ意味がなくて、届く情報に対して、自分が対応すべきか、しなくても大丈夫かの判断が必要で、慣れてくるとそれが速く正確になっていく」と述べておられますが、このような能力は一朝一夕では身につけることはできません。このような能力は、真の意味での情報リテラシーです。
いわゆる、情報リテラシーというと、情報機器を使いこなす能力である、ITリテラシーと混同されがちです。もちろん、情報リテラシーを発揮するために、ITリテラシーは必要です。でも、ITリテラシーだけでは、十分な情報化武装を行うことはできません。このことは、情報化武装は、情報システムを導入したり、ITリテラシーの高い人材を雇い入れたりするだけでは不十分ということです。
逆に、前述したように、それほどシステム投資をしなくても、従業員の情報リテラシーを高めることができれば、十分な情報化武装ができるということを、相模屋食料グループでは実践したということです。鳥越さんによれば、2020年3月~5月は、相模屋食料グループの売上高が、前年比30%増加しただけでなく、卸先のスーパーから、「相模屋は欠品を起こさない」という評価を得たそうです。情報化武装を検討している経営者の方は、ぜひ、この同社の事例を、よいお手本として、自社の情報化武装をご検討いただきたいと思います。
2023/12/5 No.2547
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