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書評 『世界牛魔人 グローバル・ミノタウロスーー米国、欧州、そして世界経済のゆくえ』 ヤニス・バルファキス著 早川健治訳 那須里山舎

以下の書評は、とちぎボランティアネットワーク機関紙「とちコミSDGs通信249号」の「市民文庫」に執筆したものである。
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『世界牛魔人 グローバル・ミノタウロスーー米国、欧州、そして世界経済のゆくえ』
ヤニス・バルファキス著 早川健治訳 那須里山舎
 2400円+税

評者 白崎一裕(那須里山舎)

本書も、私の那須里山舎の新刊で恐縮だが、現在の混とんとした世の中を読み解く一冊としてご紹介する。

著者のヤニス・バルファキスは、きわめてユニークな人物である。アカデミックな経済理論であるゲーム理論の専門家でありながら、2015年のギリシャ金融危機の最中、当時のギリシャ急進左派連合チプラス政権時において財務大臣を務めた。バルファキスは、ギリシャ国民の利益を守るために、理不尽な緊縮政策をおしつけてくるEU中枢の国際債権団(トロイカ)と丁々発止の交渉を担当することとなる。革ジャンにバイク姿で国際交渉にのぞむ、およそ政治家らしからぬバルファキスは、たちまち、ギリシャの救世主的ヒーローとなる。


 この緊張感あふれる交渉過程は、彼の『黒い匣』(明石書店)に詳しいが、残念ながらチプラスの日和見的政治によりバルファキスの努力は挫折することになる。その後、バルファキスは、欧州草の根民主運動のDiEM25のリーダーや、米国上院議員のバーニー・サンダースらと共に創設したプログレッシブ・インターナショナルなどの世界的反緊縮政治・経済運動の立役者として活動している。


 本書は、上記のバルファキスの行動を生み出し、支えた政治経済思想の原点ともいえる著作である。
 20世紀とは、どんな時代だったのか。よく革命と戦争の世紀と批評されることが多い。たしかに、その側面はあるが、実は、20世紀とは、世界中が「アメリカ化」した世紀ともいえるのである。いわゆる American way of life(大量生産・消費社会) の世紀である。20世紀初頭、カリフォルニアを中心とした油田開発による「石油」という資源は、エネルギー収支比において「無から有を生み出す夢のエネルギー」として登場した。これがその後のアメリカの資本主義をオイル資本主義として発展させる強力な動因となる。オイル資本主義は、資本主義の発展に新たな段階をもたらしたが、それは、1930年代の「世界恐慌」により大きな混乱をもたらすことになる。「世界恐慌の恐怖」におののくアメリカのエリートたちは、一国内での資本主義市場だけでは、資本主義の安定を保持することはできないと考え、第二次世界大戦後の戦後秩序を、アメリカのドルを中心とした「世界計画化」によって押しすすめることとなる。


 これは、アメリカが稼いだドルを世界中に投資循環させて、最終的にアメリカに富が集中するシステムである。だが、「世界計画化」は、再び機能不全をおこす。それは、ベトナム戦争などにより「世界計画化」の過程で、アメリカの富が海外に流失して、いわゆる「双子の赤字」=「二重赤字」(財政赤字と貿易赤字)が累積することになる。しかし、アメリカは、ドル基軸通貨体制というドルで国際貿易決済がなされるという特権を生かし、赤字であっても、最終的には、やはりアメリカに富が集中する世界金融システムを再創造する。これこそが「世界牛魔人」システムである。牛魔人とは、ギリシャ神話の怪獣であるが、すべての富を貢物として食らう牛魔人に、アメリカをなぞらえ、世界中の富が金融の中心地であるニューヨークのウォール街に還流する姿そのものの比喩としたのだ。この結果、世界経済は、銀行金融によりあぶく銭が増大する「金融経済」と実質的な「実体経済」とに分割されることとなる。この二つの体制のいびつな乖離がもたらした「事件」が、2008年のリーマン金融危機なのである。ここで、いったん「世界牛魔人」は死んでしまう。


 実は、わたしたちは、その牛魔人なきあとの不安定な経済システムの只中にある。それは、金融資本主義が破産したにもかかわらず、その破産した金融銀行システムが、世界を回している「悲惨」である。これが、世界大の格差社会をもたらし、天文学的な一部の富裕層への富の集中をもたらしている。バルファキスは、この社会を、「破産主義社会」および「テクノ封建主義」とよび、この分析なくして、コロナ後の世界経済の展望はないと断言している。


 コロナ後の展望とは何か?それは、この本の付録二編に簡潔にヒントが記載されているが、アメリカが独善的に集中させてきた富を、あらゆる手段を用いて、一般市民に分配する装置を再構築すべきであるという提案である。そのひとつは、言うまでもなく、バルファキスが、ユニバーサル・ベーシック・ディビデンドとよぶ、所得保障(ベーシックインカム)である。
 私たちは、どこから来て、そしてどこへ行くのか? 現在の危機の時代に必読すべき作品である。


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