小説・小丸との日々(第6話・処分)

 次の日、私はやっぱり役所に行った。
「ああ、うつ病なんですね」
「はい」
 私は窓口の人に診断書を見せた。
「貯金もなくなる」
「はい」
「分かりました」
「えっ」
 もしかして?
「それでは手続きに入りますので、こちらへ」
 担当の若い女性は、私を奥の部屋へと案内する。
「えっ、あの、生活保護受けられるんですか」
「はい、大丈夫ですよ」
 その若い女性公務員はあっさりと言った。
「あのこんな若い人間でも受けられるんですか」
「はい、病気で働けないのでしたら受けられますよ」
「・・・」
 なんだよ。なんだよ。受けられるじゃないか。今まで抱えていた地獄の厚い黒雲のような悩み苦しみが、神の光によって晴れていくかのごとく私の心は解放されていった。心が軽くなっていく。どこまでもどこまでも軽くなっていく。空を飛べそうなほど軽くなっていく。
「あの・・、いくらくらいもらえるんですか」
 私は厚かましいとは思ったが、思い切って訊いてみた。
「お住まいは賃貸ですか」
「はい」
「では、住宅費と生活費で、うちの自治体では月十一万円ほどの支給になりますね」
「十一万・・」
 十一万円。滅茶苦茶助かる。テレアポの仕事でフルに働いても月手取りで十四万円ほどだった。
「あ、あと、医療も無料で受けられます」
「えっ、そうなんですか」
 滅茶苦茶助かる。医療費もバカにならない。
「ええと、大体手続きは終わりましたね」
 いろいろとこれまでの私の人生や家族のことをさんざん訊かれ、その後、事細かに生活保護の説明と注意点を受け、やっと生活保護の手続きは終わった。
「それでは今月から支給されますので」
「はい」
 私はホッとした。これで何とかなる。やっと私は人生に希望を感じることができた。
「あっ」
「えっ」
 だが、突然担当の若い女性が何かを思い出した。
「最後にちょっと訊き忘れてしまったんですけど」
「はい」
「ペットは飼ってらっしゃいますか」
「はい」
「ああそうですか」
 担当者の若い女の人の顔が曇る。
「えっ、ペットダメなんですか」
「はい、ペットはダメなんです」
「じゃあ、どうすれば・・」
「処分してください」
 担当の女性は申し訳なさそうにではあるが、はっきりと言い放った。
「処分・・」

「処分・・」
 私は役所からの帰り道を歩いていた。
「・・・」
 とりあえず生活保護は保留してもらった。生活保護は目の前まで来ていた。十一万+医療費は、もうすぐそこだった。
「はあ」
 私は家に帰ると、ため息交じりにベッドに腰を下ろした。とても疲れた一日だった。結局、朝一番に行って、今はもう夕方だった。
「・・・」
 もう少しだった。目の前に、本当に私の掌の中に生活保護は来ていた。
希望が、希望の光が見えていた。
「にゃ~」
 そこに何も知らない小丸がやはりまだよちよち歩きで人懐っこくやって来る。
「・・・」
 私はそんなまだ小さな毛糸玉みたいな小丸を見つめた。
「処分・・」 


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