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退職しました。

退職することを決意して上司に話をしたのが七か月前。

本日、3月31日をもちまして、退職しました。

今しかないこの気持ちを忘れないでいようと思い、ちゃんと覚えておけるように、また忘れても読めば思い出せるように、今日のことを書き残しておこうと思います。


まず今日は朝から3時間、部活動の監督をした。練習の指示を出したり、自分も競技に参加したりして、楽しく仕事を終えた。

部活動の終わりのミーティングで、生徒からサプライズの色紙をいただいた。いつの間に作ってたんだろう。感謝の気持ちを言われるのは結構こっぱずかしい。そのあと、集合写真を撮った。

ほどなくして、部活に所属していた卒業生が数人来てくれた。一人が声をかけ、有志たちが集まったのだそう。この間卒業したばかりの生徒と、前年度に卒業した生徒と。

なんと、花束をもらった。より一層家がお花畑になるぞ。他にも贈り物やお手紙をいただいた。この場にいない生徒のメッセージもあった。私のために事前に打ち合わせてメッセージカードを作ってくれていたのだと思うと、私に時間を割いてくれるなんて、と思う。

少し立ち話をして職員室に戻ったら、同じく今日で離任する先生がせかせかと荷物の整理をしていた。私はすでに片付け終わっていたので、他の人が荷物を運ぶのを手伝ったりした。

明日から始まる新年度のための準備で忙しく、空気全体がばたばたしていた。


退職者向けの昼食会が行われた。退職者と、管理職含む偉い先生たちと一緒に囲む食事。私以外の退職者は勤続40年の大ベテランの先生で、ご立派に定年退職される人。それに並んで、職場で末っ子の私がちょこんと座る。

緊張で手が震えて箸が進まねェ!

なんか高級そうなお弁当だった。美味しかった。食べ始める前に「本当に(食べて)いいんですか…?」とおそるおそる聞いたら笑いが起きた。そしてお弁当の中にあったお寿司にわさび(苦手)が入ってたので間違いなく大人のお弁当だった。わさび(苦手)をこすり落として食べたら行儀が悪いし偉い先生ばっかりだからそんな醜態は見せられないと思って勇気を出して食べた。残さず食べた。全部美味しかった。

職員のみなさんからのメッセージが入った色紙をいただいた。もう色々ともらいっぱなしである。バレないように泣いた。泣こうとして泣いてるんじゃなくって勝手に涙が出てくるから、一回閉じて深呼吸してまた読んだ。

午後、少しずつ離任者が退勤されていった。その度にぺこぺこと頭を下げて、語彙力がないから「ありがとうございましたお世話になりました」を連呼する人になり、こういう時に気の利いたひとことが言えたらいいのにと思った。

私もいよいよやることがなくなり、帰ろうか、もうちょっと居座るか悩んだ。でも、今この職場で断トツ暇なのは私だ。忙しい先生は明日からもっと忙しい。ちょっとでも役に立てられたらと思って、4月に入ってからやるには荷が重すぎる箇所の掃除とかした。新学年の教室整備もした。「岩永さんいつ帰んの笑」と言われながら、これ明日もいつも通り出勤する雰囲気がするなぁと思って、明日から部外者になることの実感がまだ湧かなかった。普通に定時を過ぎた。

いよいよ帰り支度をして、昼間に生徒からもらったプレゼントを抱えると両手がしっかり塞がった。その状態で上司に挨拶をしたら、なんとその時職員室にいたほぼ全員が私の退勤を見送ってくれる流れになった。いや、忙しいのに、いいですって!と心は思いつつも、その温かさにじんわりした。ああ、本当にこれで最後なんだと思って、目が潤んだ。

玄関で靴を履き替えている時に、みなさんが笑って私を見つめてくださっている時に、ものすごく、ものすごく、大事にされていたんだ、受け容れてもらっていたんだというのが分かって胸が苦しくなった。明日からまた戦う人たちが、明日から戦わない私を、こんなに丁寧に送り出してくれるなんて、と思ったところで、いつも人と比べて「私なんて」と後ろめたさをもって自分を低く評価する癖があることを思い出し、今もまさにそう考えていることに気付いた。

周りには私よりも頑張ってる人がいるのに。私よりもたくさんの仕事を抱えている人がいるのに。私よりも授業や学級経営が向いている人は世の中にたくさんいるのに。私なんかが担うよりもうまくやれる人や頼りになる人がやった方が良いのに。私なんかよりも正規雇用されるべき人材はいるのに。などなど。

いつの間にか、それは謙虚なのではなく、卑下になっていく。

卑下で塗り固めた自分を自分の力だけで脱却するのは難しかった。今日を含めここ数日の中、年齢が近い先生も、人生の先輩の先生も、何なら教え子も、保護者の方まで、多くの人が「あなたで良かった」と言ってくださって、ちょっと大げさかもしれないけど、やっと生きた心地がしたのです。

同時に、「私なんか」と思うことをちゃんとやめないと、かえって一緒に働く人たちや送り出してくださる人たちに失礼なのだと学んだ。今まさに去ろうとしている私を見つめる眼差しは、餞であり、応援であり、受容の眼差しだった。

受容、と表現したのは、何というか、自分の立場から言うのも変なことだけど、私という一職員の存在を認めてもらっていた実感、掴みどころのない空気みたいなのではなく、ちゃんと私の居場所があったのだということ、そういうものを感じさせてもらえて、余計に泣けた。けど頑張って笑った。

後ろ髪を引かれるようにして、渾身のお礼の挨拶をして、玄関を出て数歩歩いたら涙が止まらなくなってしまった。有難くて有難くて仕方ない。恩返しができた気がしない、いい思いをさせてもらいすぎたというもどかしさ。

もう、現場への恩返しは難しいから、別の形で還元するしかない。

これから、まあちょっと無職にはなるけど、でも人生を動かし始めたらちゃんと頑張って、頑張って、送り出してくださった人々に恥じない生き方をしたい。もうこうなったら頑張らないわけにはいかない!だってあんなにも優しい眼差しで、途中で去る人間を応援してもらったんだから。

いつかの未来、またどこかで顔を合わせるかした時に、胸張っていられるように、みなさんのおかげですって言えるように、毎日をちゃんと生きていきたい。この気持ちを忘れないようここに記す。

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