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何があってもアクナマタータ<アフリカ旅行記>~スマートフォンのない時代に人はどうやって旅をしたのか その2

さあ行こうと思い立ってすぐに気軽に行ける場所もあれば、かなり準備が必要な場所もあり・・・。その2は出発前準備篇。予防接種については、原稿を見直していたのがCovid禍を経た時期だったのもあり、ワクチンの是非についてもさまざまな意見が出ていたときだったので、あらためて自身の経験に基づいて考えることになりました。


    〈目 次〉
はじめに
一  アフリカに行こう!
二  怒涛の予防接種
三  タンザニアのビザを取る

四  果たしてアフリカへ行けるのか!?
五  孤島リゾート、チャーレ・アイランド
六  サファリへの戦い
七  とうとう、サファリだ!!
八  アンボセリ国立公園まで
九  マサイの村を訪ねて
十  レイク・ナクル国立公園まで
十一 マサイマラでチータを探す
十二 旅の終わり
十三 戦いの幕切れ
おしまいに



二 怒涛の予防接種

 医者に予約を入れ、アフリカ旅行のために必要な予防接種の計画をたててもらう。義務付けられている黄熱病については保健所で受けることになっているが、それ以外に受けておいたほうがいいものというのが旅行する地域によって何種類かあるらしい。
 医者は私たちの行き先を聞くと、一覧表のようなものをとりだして、必要な予防接種を書き出した。黄熱病の他には、破傷風、ポリオ、ジフテリア、肝炎、チフス、マラリアということだった。黄熱病は、到着日の十日前までに一回接種すればいい。破傷風は二週間以上の間隔をあけて二回以上の接種が望ましいとのことだが、一年前に二回接種していたので、あと一回接種するだけでよいと言われた。問題は、肝炎、ポリオ、ジフテリアで、それぞれ少なくとも二回接種しなければならない。チフスとマラリアは飲み薬だが、間隔を空けて何度か継続して服薬しなければならない。それぞれ、相互作用の危険性などを考慮して、接種の順番と日程を決めていく。ここで問題となるのは夫の出張スケジュールだが、三ヶ月ほど期間があるのでなんとかやりくりがつきそうだった。
 かくして怒涛の予防接種スケジュールが組まれた。

  九月二十二日 破傷風、ポリオ(一回目)、ジフテリア(一回目)
  十月一日 肝炎(一回目)
  十月十二日 ジフテリア(二回目)
  十一月二日 ポリオ(二回目)、肝炎(二回目)
  十一月三日 黄熱病
  十一月七日 チフス(一回目)
  十一月九日 チフス(二回目)
  十一月十一日 チフス(三回目)
  十一月二十六日 マラリア(一回目)以後一週間おきに八回

 黄熱病まで順調に接種は進んだ。一回くらいは副作用に苦しむことになるだろうと予想していたのだが、注射したあと筋肉痛になるくらいで、結構大変だと聞いていた黄熱病もこれと言って辛い症状もなく無事に済ませた。残るは飲み薬だけだからもう心配はあるまい。
 十一月七日、予定通りチフス予防薬の第一回目を飲んだ。その翌日、夫が帰宅するなり体調の不良を訴えた。わたしもなんとなく疲労感があってからだがだるい。夏からずっとダイエットのため摂取カロリーのコントロールを続けていたから体力が落ちているのかもしれない。その晩は栄養のあるものを食べて早く寝た。
 しかしその夜夫が熱を出した。翌朝になって測ると四十度以上ある。私も三十八度台の熱だ。ひょっとして予防薬の副作用か。
 心配になって医者に電話してみた。診察してみないとわからないというので、すぐにクリニックへ行く。
 症状は、寒気、頭痛、関節痛という発熱時の症状だけで、のどの痛みや鼻水など風邪の症状は今のところない。服薬後に二人一緒に発症しているのだから、前日飲んだチフスの予防薬の副作用なのではないか。念のため医者が専門の機関に問い合わせてくれたが、チフス予防薬について今までにそのような報告例はない、とのこと。とりあえず解熱剤とビタミン剤など風邪のときに処方する薬を出してくれた。これで様子をみて二日後にまたくるように言われた。
 夫は三日後から三泊の予定でイタリア出張を控えている。チフス予防薬は一日おきに三回続けて飲まないといけないのだが、この症状が治るまでは服薬しないほうがいいだろうという判断になった。
 もらった薬を飲んで二日ほど安静にしていたら、熱はひいた。しかしさすがに出張はキャンセルし、夫は家で仕事をすることにした。
 服薬を中断してしまったので、もう一度始めからチフスの予防薬を飲みなおさないといけなくなった。かつ、チフスとマラリア予防薬の間隔は最低一週間開けなくてはならないという。マラリアの薬は出発の最低一週間前(十一月二十六日)には飲み始めなければならないから、逆算すると十一月十五日に再びチフスの薬を飲み始めないといけないことになる。熱が下がったのが十二日、間一髪というところだ。三ヶ月前から計画をたてていたおかげで、スケジュールに一週間ほど余裕があったおかげでぎりぎり間に合った。
チフスの薬を再開するにあたって、また同じような症状が出るのではと不安だったが、今回は体調不良は一切なく、以後一日おきに三回の服薬を完了した。
 あとは一週間後にマラリア予防薬の服用を始めるだけだ。
 こんなにたくさんの予防接種を受けた自分たちはもうどこへ行っても大丈夫、今なら何も怖いものはないぞ、とわたしたちははしゃいだ。
 しかし、友人知人の何人かから「マラリア予防薬はあんまり飲まないほうがいい」という忠告を受ける。予防薬の副作用もかなりきついし、薬自体の安全性にもかなり不安な点がある。自分だけならまだしも、子どもなど次世代への影響も大きいのだという。そ、そんな恐ろしい薬だったのか、と驚いて、慌てて医学関係のホームページなどを漁った。
 いろいろな情報を見れば見るほど、マラリアが恐ろしい病気であることがわかった。マラリアといってもいろいろあるらしく、わたしたちが行くタンザニアは死亡率の高い『熱帯熱マラリア』の危険地帯になっていて、在フランス日本大使館医務室のホームページによるとマラリア予防薬は絶対必要とされている。
 その一方で副作用についても不安になるような情報がたくさんあった。今回医者が処方してくれた薬は『メフロキン』というものだが、これについても「服用中止後3ヶ月は避妊するべし」とか「抑鬱症状などの精神障害やめまい、平衡間隔の異常がおこることがある」などと、かなり恐ろしいことが書いてある。
 いろいろなことを知れば知るほど、どうしていいかわからなくなってきた。しかし死亡率の高い危険な病気なのだ。わたしがマラリアで死んでも、「薬は飲まないほうがいい」と言った人が責任をとってはくれないだろう。ある人はたまたま薬を飲まなくてもマラリアにはならなかったかもしれない。だからと言って、専門機関が必要だと言っている薬を「飲む必要なし」と言いきることができるのだろうか。いろいろなリスクを考え合わせて秤にかけて自分で決めるしかない。
 考えに考えて、薬が百%有効でないにしても、副作用の危険があるにしても、死亡する危険を薬で回避できるものならと、服用することにする。
 悩み抜いて始めた服用だったが、飲み始めてみると、心配していたような副作用はほとんどなかった。その後も一週間おきに八回、旅行から帰ってきてからも四週間ほど飲みつづけたけれど、特に辛いと感じたことはなかった。もちろん個人差があるのだろう。
 マラリア予防薬に限らず、予防接種について、義務付けられていないならそこまでしなくてもいいのでは、という人もいた。だが、現地で出会った人からいろいろ話を聞いてみると、やはりできるものはすべて受けておいたほうがいいように感じた。肝炎にかかって六週間も食事がのどを通らず、寝たきりになって別人の様にやせ細ってしまった人の話も聞いた。肝炎には薬などの有効な治療法がなく、いったん罹ってしまったら治癒するまでかなり大変だということだ。マラリアで死ぬ例はそんなに多くはないようだが、だからと言ってまるっきり予防をしなくていいということにはならない。蚊に刺されないように万全の対策をして薬を服用せずにすまそうという人もいる。しかしどんなに細心の注意を払っていても、アフリカの、それもサファリなどの屋外活動を目的とした旅の間まったく蚊に刺されないようにすることは、現実には不可能だろう。蚊に刺されてしまってから「どうしよう」と不安になるよりも、薬で予防できるならしたほうがいいとわたしは思う。

 ちなみに、この予防接種すべてにかかった費用は、二人合わせて千七百三十五.七三マルク(約九万六千円)。八割ほどは会社の医療保険でカバーされるらしいけれど、これはかなりの出費である。まったくアフリカに行くのも大変なのだ。


三 タンザニアのビザを取る

 予防接種の他に、今回の旅行に必要なのはビザである。
 九月の中旬、旅行会社のネッカーマンから、旅行代金の請求書と一緒にタンザニアのビザの申請用紙と申請方法の説明書きが送られてきた。またしてもドイツ語である。手続きに間違いがあってはいけないので、インターネットの翻訳サイトを利用して英訳してみた。
 ビザの取得には、申請用紙、写真、申請費用などと一緒にパスポートを在独タンザニア大使館まで郵送することと書いてある。申請手続きとしては、ごくあたりまえのものだ。しかし問題は、「処理に二~三週間かかるので、出発の少なくとも四週間前には手続きしなさい」というところだ。ビザの申請をしている四週間の間、パスポート無しで生活しなければならなくなる。わたしはともかく、夫はこれから十一月下旬まで出張の嵐の真っ只中にいる。スペイン、デンマーク、イタリア、タイ、マレーシア、日本などドイツ国外への出張が続いて、一週間続けて自宅にいることすらないのだ。パスポートを郵送してしまうわけにはいかない。
 どうにかならないかと、タンザニアの大使館に問い合わせのファックスを送ることにする。郵送以外に申請方法はないのか、万が一事前に申請ができなかった場合には、ケニアからの入国時に申請することができるかを問い合わせた。
 しばらくして大使館から電話があった。平日の朝十一時までに必要書類を直接大使館へ持参すれば、すぐにビザを発行してもらえてその日の午後にはパスポートを受け取ることができるという。旅行会社の説明には、そんなことは一切書いてなかった。なんだよもう、最初からそう言ってくれよ、と思う。でもまあ、大使館はボンの近郊にもありデュッセルドルフから出向くのもそれほど大変ではないから、ひと安心というところである。
 しかし問題は、またしても夫のスケジュールだ。ただでさえ出張続きでほとんどドイツにいない上、出張の前後には片づけないといけない仕事がさらに増える。そんななか予防接種でしょっちゅう仕事を抜けて、さらにビザの申請で半日もつぶすなんてことができるのだろうか。
 気をもみながらもなかなか時間をつくることができず、結局タンザニア大使館へ行ったのは出発の二日前、十二月一日のことだった。
 すんなりいくだろうか不安に思いつつ行ってみると、窓口に必要書類を提出するだけで手続きはおしまいだった。あとは、午後一時過ぎに受け取りにくればいいとのことで、わたしが残って二人分のパスポートを受け取ることにした。申請の際も特に本人確認があるわけでもなく、ひょっとしたら最初からわたしがひとりで二人分の申請にきてもよかったのかもしれない。
 直前まではらはらしたが、なんとかビザも間に合って、あとは旅行に出るのみである。

        <その3に続く→

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