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日本型学歴主義

日本型学歴社会
日本では,学歴社会がネガティブなイメージでとらえられ,「学歴社会の病理」が喧伝されているのはなぜなのだろうか。

イギリスの社会学者R・ドーアは,『学歴社会―新しい文明病』において, つぎのように主張している。

どこの国でも教育機関は教育機能のほかに選別機 能を果たしているが,前者が後者によって抑圧され,一片の卒業証書のために 競争する状況が世界的に進行している。これは反教育的な新しい文明病であ る。また,学歴社会は,程度の差はあっても近代社会に共通して見られるが, 遅れて近代化を開始した国ほどその病理性は大きくなる。

この現象を「後発効果」といい,その理由として,

学校の修了証書が求職者の選別に利用される範 囲が広くなる,
学歴インフレの進行が早くなる,
真の教育の犠牲において学校 教育が受験中心主義に傾く,

の3つをあげている。

さらに,彼は日本がイギリスより早く学歴社会になった理由として,文化要因と後発要因とをあげて説明している。

文化要因としては,日本は学習と学識 がそれ自体尊ばれる儒学の国で教育に高い価値が置かれていたこと,近代化過 程で軍人・政治家・官吏に高い威信が与えられ,一高―東大法学部―官界とい うコースが重視されていたこと,をあげている。

後発要因としては,早い時期 から官吏を試験によって採用する制度がとられたこと,大企業が工業化過程に おいて優勢な役割を演じたこと,日本は先進国の技術と制度の輸入を続けて社 会を変革しようとした。欧米の知識を適用したため,就職前の公式の資格の付 与・取得が重要視されたこと,支配階級の伝統の断絶,学校制度の枠内におい て断固として試験成績による選抜の原則が貫かれたこと,があげられている。
こうして,後発効果プラス文化要因によって,日本の学歴社会の病理性は欧米社会よりも高くなったということになる。


そして,1970年 1月に OECD(経済開発協力機構)の教育調査団の一行が日本を訪れた。この調査団の一員だったノルウェーの社会学者 J・ガルツング は,日本の教育についての報告書で,つぎのような「診断」を下した。

「まずこの制度は,ひとたびある集団に配分されたのちは,階級の変更がき わめてむずかしいという意味で,本質的に属性主義的である。学歴主義の場合 には,生物的出生ののちに社会的出生が起るという点をのぞけば,生まれなが らに階級がきめられる点は同じである。さらに正確にいえば,どの階級に所属 するかは各段階の入学試験のさいにきまる。......入学試験に合格することは生 まれ変わることであり,またいったん生まれ変わったのちの彼の人生は,...... 決定づけられたものになる。」

さらに,べつの箇所で,彼はつぎのように述べていた。 


「一般の人々からみると,大学には社会的評価によるきびしい上下の序列がつくられており,高校は高い評価をもつ大学にどれだけ多くの卒業生を送りこ むかによって順位づけられている。また雇用主の多くは卒業生を,彼らがどの ような知識や能力をもつかでなく,入試の結果どのような大学のどのような学 部に入学したかによって判断する。18歳のある 1日に,どのような成績をと るかによって,彼の残りの人生は決まってしまう。いいかえれば日本の社会で は,大学入試は,将来の経歴を大きく左右する選抜機構としてつくられている のである。その結果,生れがものをいう貴族主義は存在しないが,それに代る 一種の学歴主義が生まれている。それは世襲的な階級制度にくらべれば,たし かに平等主義的であり,弾力性にとんでいる。しかし他の〔能力主義的〕制度 にくらべれば学歴主義は弾力性を欠いた,専制的な制度である。」

ガルツングによれば,日本では「生物的出生ののちに社会的出生」が起きて 「生まれ変わり」が見られるというのである。人々がどの社会階級に所属する かは,どのような学校に入り,教育をうけたかによって,つまりどのような学 歴をもつかによって決まる。さらに,日本では大学入学は卒業に直結しているので,18歳のある 1日の大学入試の成績によって「生まれ変わり」は決まってしまう。そして,一度決まればそこでの社会的地位がずうっと維持される。 この学歴主義が支配する社会では,激しい受験競争が日常化し、入学試験によ る「社会的出生」の結果獲得された学歴は「属性」となり「身分」となって, 社会生活のすみずみまで決定的な支配力を及ぼすようになるというのである。 この「診断」は,日本の学歴主義の特徴をうまく描写しているようにみえる。

たしかに厳しい受験競争は続いている。今日では,18歳でなく,15歳のある1日が人生における決定的な 1日となっているし,いまはやりの中高一貫 校の場合は 12歳のある 1日が,そうなっている。いや特定の有名小学校,幼稚園を目指す 1日の方が決定的になっているのかもしれない。
また,ドーアもつぎのように指摘している。 

「教育制度は株式会社日本の人事課としてあまりにも効果的に機能しているからいけないのである。あらゆる国の教育制度が教育・選別の2機能を同時に 果たしている。しかし,選別機能が教育機能を圧するぐらい優先する点で日本 が他の先進国よりひどいのは,その選別機能をあまりにもみごとに果たしてい るからであろう。」

こうして,日本では学歴主義があまりにもうまく機能しているがゆえに,問 題が生じていると考えられる。ここで,原点に戻って,教育・学校の諸機能を 再検討し,学歴の多様な機能について考察しておく必要があるだろう。


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