ころがるえんぴつ外伝_間違いだらけの就職活動
「六本木ヒルズ徒歩5分の1軒家住まい」
なんとモテそうな響きだろうか。ここで止めておけば、モテるのかもしれない。しかし、我が家にはその後、延々と「負のスペック」がつきまとう。
築年数不明、男3人暮らし、一階の日照はゼロ、床が傾き、ビー玉が軽快に転がる…人呼んで「麻布の九龍城」。まともな女子はまず近寄らない。
もともとは仕事仲間のカメラマン、犬養が事務所兼自宅として借りた物件だったが、部屋が2つも空いていたので、家賃の安さに惹かれた僕と、カメラマンの弟子であるマツモトが入居。その後、犬養は結婚を機に出て行った。
空いてしまった犬養の部屋には、地方でフリーランスとして活躍していたWEBデザイナー、K氏が「まあ東京進出のための仮の宿ってことで」と言いながら、がっつりと棲み着いた。
27歳、うだつの上がらぬコピーライターの僕と、23歳のフリーター、マツモト。そして32歳のデザイナー、K氏……年齢も、志向もバラバラの男たちによる共同生活。近所でも悪い噂が絶えないのは無理もなかった。
こんな家に住める時点で、だいぶ「アウト」な神経を持った面々なわけであるが、類は友を呼ぶと言うべきか、我が九龍城には、さらにわけのわからん連中が転がり込んでくる。
ある日、仕事から帰ると、マツモトとその仲間3人がそろって鍋を囲んでいた。ざっと自己紹介を受けたが、そのメンツが、もう…ワケがわからない。
かたくなに名前を名乗らない中国人青年。2丁目のゲイバーで働く声優志望の兄さん。二十歳にして住所不定のヤングホームレス…湯気とタバコの煙、怪しげな面々。昔、中国映画で観た阿片窟を思わせる、異様な光景が広がっていた。
みんなすでにほろ酔いで、聞いてもいないのに、毛沢東への不満や、ホームステイ先で山火事を起こした話や、所持金が63円しかない話などを好き勝手にしゃべり続けていた。
「一緒に食いませんか?メシまだっしょ?」
あっけにとられていた私にマツモトが声をかける。
「あ…ああ」
ふとのぞいた鍋は、茶褐色のスープに、白菜、豆腐、油揚げ、大根、豚の角煮、シュウマイ、得体の知れないキノコ、豚モツ、きりたんぽ…脈絡のない具材が踊り、漂う香りはどう考えてもトムヤムクン…そこには「混沌」としか言いようのないものがあった。おそらく、持ち寄った食料を、構わず鍋にぶち込んだだけなのだろう。それは、作為的に完成するような代物ではなかった。
「どうしたんすか?早く食ってくださいよ」気後れしたまま、鍋を眺めていると、マツモトが取り分けたお椀と箸を突きつけてきた。
「お、ありがとう」内心、全くありがたくなかったが、断るすべもなく、恐る恐る口を付けた。
「…なんだこれ…うまいじゃないか…」
「でしょ?」
認めたくないが、それは美味かった。(味は形容不能だが)
「まあ、同じ物つくれっていわれても、二度と出来ませんけどね」マツモトは笑いながら、安物の発泡酒を呷った。
そう、我が家はこの鍋の具材のように、常にワケのわからない連中が集まり、グツグツいいながら、得も言われぬ香りを放っている。そこに出現する混沌は、おそらくその場限り、二度と再現は出来ないのだ。
タカギも、そんな混沌の「具材」のひとりだった。
日曜の午後、茶の間でぼんやりしていると、玄関が勢いよく開いた。
「すみません…マツモト君のお宅ですか」
そこには、長身の小汚い男が立っていた。デタラメに伸びたアフロ崩れ、時代遅れの花柄シャツとベルボトム、汚らしいゴムぞうり、そして何より驚いたのは巨大なリュックにくくりつけてあった銛(魚をとる三つ叉のアレ)…明らかに、公共の交通機関の利用はオールアウトであろうスタイルに、僕の思考はしばし停止した。
「おお、タカギ」
気配をかぎつけたマツモトが2階から降りてきた。
「モリタ君、こいつ、タカギって言います。しばらく泊めますけど」
「わかった。でも、Kさんの邪魔はするなよ。あんまり寝てないみたいだし」
結局、3人で軽く飲むことになった。
「鈴鹿の山んなかで野宿してたら、1週間目で気い狂いそうになってん。カエデの葉っぱがな、どんどんガンジャに見えてな、タバコにつめてふかしたら、のどがエライことになって、こらアカン思うて、山降りてきたわ」
タカギは、エコーを幸せそうにふかしながら、にかっと笑った。
「ばかやなあ。今回はナンダイできたん?」
「3ダイやな」
「まあまあすんなりきたなあ」
「ちょっ…お前ら、いったい何の話しをしてるんだ」
会話全体を通じて、意味が分からなすぎた。
「いや、車の台数ですよ。ヒッチハイクの」
毎日決まった時間に起きて、働き続けるサラリーマンにとって、タカギとマツモトの間に広がる世界観はパンチが効きすぎていた。
「ぐらっ」とする感覚をひとまず放置して、さらにもう一つ、質問をぶつけた。
「あのさ、その銛は、なに?」
「ああ、コレは、沢で雑魚とって、食べてたんですわ。とったらまんま、飯盒で炊きよるんですわ」
「…うまいの?」
「まずいっすね!」
もう、細かいことなどどうでも良くなった。しばし爆笑しながら、「おまえ、合格だ!」と、意味不明なことを叫んでしまった。
「あああああっ、うるさいよー、俺にも酒のませてくれーっ」
納期地獄で1週間近く寝ていないKさんも乱入。またもや混沌に満ちた宴会がはじまった。
このときから、タカギは「お気に入りのバカ」として登録され、僕は「東京の親戚のオッサン」的立場で、メシを食わせたり、電車賃をカンパしたりと、かなりかわいがった。タカギが彼女を(無理矢理ヒッチハイクで)つれてきた時は「2人で美味いもんでもお食べ」と、うれしくなってお小遣いを上げたりしたものだ。
そんなタカギが、今年で大学4年生となり、意外にも就職活動をはじめた。
「いちおう、広告か、出版に行きたいとは思っとるんですよ。東京の会社も受けますんで」
同業を目指すワカモノ、それも他ならぬタカギだ。「親戚のオッサン」としても、俄然応援したくなり、お気に入りのマーケティング・広告系書籍を無理矢理渡して勉強させ、知りうる業界の情報は惜しみなく提供した。しかし、いざ東京の会社を受けようという段になって、大いなる「間違い」が発覚した。結論から言うと、タカギはやはり、タカギだったのだ。
ある晩、電話がなった。
「どうも、タカギです。明後日から、東京で就活あるんで、泊めてください」
「ああ、いいけど、何時頃くるの」
「ええと、順調に行けば、明日の昼頃にはなんとか」
ん?順調にいけば?…まさか…
「おまえさ、どうやって東京まで来るつもり?」
「え?どうって、ヒッチに決まってるじゃないですか」
「就活」を「ヒッチ」で。
なんと衝撃的な言葉の出会いなのだろうか。唖然として、暫く言葉を失ってしまった。私は就職活動を「就活」と呼ぶほど嗜まなかった人間であり、ヒッチハイクを「ヒッチ」と呼ぶほど、おなじみの交通手段だとも思っていない。
「…そうか」
「そうですよ」こともなげに答えた。これ以上のツッコミは無駄だろう。
「…わかった。今マツモトは旅行中だから、着いたらオレのケータイにかけてこいや」
「わかりました」
しかし、さすがと言うべきか、次の夜「今、静岡です」という電話が入って、そのあと、あっさりと消息不明になった。仕方ないので、かかってきた電話番号にかけると、さらに衝撃の展開が用意されていた。出たのは知らないオッサンだったのだ。
「ええと、タカギくんの携帯じゃあ…ないですよね?」
「ん?…ああ、夕べ、タカギくんを載せたトラックの運転手だよ」
「えっ?」
「電池切れたっていうから、貸してやったんよ。芝公園で降ろしたんだけど、着いてないの?」
「ああ、それはご迷惑をおかけしまして…いや、行方が知れないんですよ…」
なんで僕が謝っているのかは、この際置いておきたい。
「就活」を「ヒッチ」で。さらに「消息不明」。
きっと、普通に就活にいそしむ大学生にはとてつもなく衝撃的だろう。アイツも、トムヤムクンのスープの中をきりたんぽと一緒にのたくっている類の人間だったのである。気持ちが良いほどの裏切りだった。
結局、タカギの消息はつかめず、Kさんと2人で、タカギのために用意した鍋をつつくことになった。
「Kさん…僕、世間に対してちょっとハグレ者だって言う自覚、あったんですけどね。全くの凡人でしたわ」
「いやいや、この家に住んでる時点でだいぶアレだとは思うよ。お互い」
「うーん」
「この鶏団子、美味いね。作り方教えてよ」
「分量とか適当なんで、二度と同じモノは出来ませんよ」
「…なるほど」
タカギは翌朝、ずぶ濡れのスーツ姿で玄関の前に立っていた。
「あの、赤羽橋から落ちま…」そこまで言いかけたタカギをアイアンクロウで黙らせ、バスルームにけり込んだ。猛烈にドブくさかったのだ。
「何で就職活動に、銛が必要なんだよ!!」
僕はなぜだか少しうれしい気持ちで怒鳴り散らしていた。
言うまでもなく、面接には間に合わなかった。
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