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カテゴリ落選

 謎の落選。またどこにもたどり着くことができなかった。失意の帰路。小さくなった肩から何度もジャケットが滑り落ちそうになる。本当にないのか。(自分だけが知らない鍵があるのかもしれない)交差点の真ん中に取り残された手袋をつつく獣の影を見た気がした。出遅れたワゴンを後ろのクラクションが押し出す。ヘッドライトが地を這って、僕の足跡を消す。

 エントランスのドアが破壊され中では枯れ葉が渦巻いていた。エレベーターの前にバリケードが築かれ、ランプも消えている。薄暗くなった蛍光灯が点滅している。足が冷たい。僕は裸足だった。ポストに靴が入っているはずだ。希望のポストは凍り付いていて手が出せなかった。闇の中からクロヒョウの鋭い瞳が光る。僕はエントランスの隅っこにうずくまった。足音が近づいてくる。中に入られてはまずい。(人間の存在を知らせるのだ)イノシシと同じかどうかわからないけど、僕はおじいさんの教えを思い出して大声で叫んだ。
「カテゴリー!」
 獣は去ったようだ。しかし、すぐに思い直して戻ってくるかもしれない。2度同じ手は通用しないだろう。

(非常階段で行け!)

 脳が指令を出しているが、自分のこととして受け止められない。戻ってきたら殺されるという恐怖と、どうなってもかまわないという思いが交錯して、体が動かない。
(速く、速く)遠くで誰かが言っている。大事なのはここを離れること。

 黒猫を胸に抱え管理人は階段にかけていた。
「メンテナンスがあるなんて書いてなかったでしょう」
「乗り物のカテゴリに書いてあるよ」
「そんなカテゴリはない!」
「あんたまた落ち込んでるの?」
「そんなことは……」
「どうしてそんなに入りたいのかね」
「みんな入ってるから」
「違うね!」
 管理人は食い気味に入り強く言い切った。

「あんたは入っている人を見ただけだよ。みんな苦しんでいる。知らないとこでみんな苦しんでいるんだ。あんたと一緒だよ」
「エレベーター、明日は直るの?」
「勿論。少し休ませてるだけだから」
「ドア、壊れてたよ。あと照明も」

「幻を追いかけないように」
「ああ」
「カテゴリなんてどこにも存在しない」

 ドアを開けると強く風が吹きつけた。カーテンが波打っている。電気もエアコンもつけっ放しだ。みかんの香りがする。少し前まで誰かがいたようだ。そこにある物は半分ほど見覚えがあるが、自分が出て行った時の記憶がなかった。全開の窓から長布団が地上まで伸びて滑り台のように見えた。



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#夢 #幻 #小説 #カテゴリー

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