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さよなら喩え話よ

 伝わらない喩え話なら犬にでもくれてやるわ。身近な喩え、お決まりの比喩を否定して、僕は犬を探して街に繰り出した。人懐っこそうな犬が脇見をすれば、ここぞとばかりに差し出した。夢のような話、うそのような話、取って付けたような話。犬は鼻を近づけて転がった話を嗅ぎ分けた。

「特に美味しいところはない」そのような顔をして、飼い主の足下へ帰って行く。喩えて言ったがために余計な捻れを帯びて相手に届いてしまう。私の中に育まれた海と青空とライオンと西瓜とナイフと紙屑のイメージは、私の向こうにいる人にとっては共に持てるところも持てないところもあるのです。青空に浮いたライオンが紙屑のナイフを西瓜に立てて海を眺めた時、私の中のライオンが飴玉を蒔くおばあさんのように輝いていても、私の向こうに伝わったライオンはクジラの歌に打たれて泣いていることがあるのです。伝わらない喩え話なら犬にでもっくれてやるわ。

 私は招かれざる差出人となって道行く犬をたずねて歩くことになるのでした。三日三晩寝かせたような話、今入ってきたそよ風のような話、ガレージに住み着いたゾンビのような話。犬はくんくんと近づいて、安易につられないように、怪しい匂いを嗅ぎ分けているようでした。まるで葡萄畑を裸足で歩く10月のソムリエのように。まどろっこしいのはごめんだ。俺は喩えという奴が大嫌いだ。喩えてばかり語る奴はどこか信用が置けない。奴らは目の前にある現実を見ようとしない。

 どこかにあるという架空の風景ばかりを持ち出して、俺を煙に巻こうとする。奴らは狐の使いじゃないか。俺は狐のつままれにはあいたくない。横道にばかり逸れて煩わしい。奴らの話は終わらない。伝わることも終わることも望んではいないからだ。むしろ、奴らは終わらないことを望んでいる。

 闇の向こうから狐の影が大きくなって、つままれが支配し始めることを望んでいるのだ。俺はただ真っ直ぐ進みたい。たとえ伝わらないとしても、真っ直ぐ進んで当たって砕ける方を選ぶ。あらゆる喩え話は犬にでもくれてやる。

「犬にこそくれてやるわ」喩えて与えられる優しい犬を探して僕は街を歩いた。喩えられる限りのすべてを与えて、自らを単純化できたらいい。回りくどい話はもうおしまいだ。これからはストレートに生きていくんだ。

 私のポケットの中の雨で濡れてしまったレシートは、付箋にもなりはしない。だから、私は日記の切れ端をライオンの尾で巻き取って雲の切れ間に投げ込むことにしたのです。そこに手が見えるのなら、きっと優しい犬のおかわりだから。


#おかわり #迷子 #詩 #小説 #比喩

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