朝のルーティン

 朝起きてまず最初にすることはスマホを充電することだ。
 僕が疲れて眠っている間に、彼はもっと疲れているのだろう。すっかり弱く今にも力尽きようとしている。急を告げるメッセージが僕が今からやろうとしていることを催促しているようだ。コードは眠っていても手の届くところにある。そうでなければすぐに彼を助けることはできない。僕はまだ半分眠っているからだ。眠りながら布団から抜け出して、何かを取りに行くような真似はできない。
 僕を真に目覚めさせるためには、スマホの助けが必要になる。そのためには、まずはスマホそのものを助けなければならない。
 僕の運命は、いつだって彼とつながっているのだ。離れている時も、僕が眠っている間も、どこかできっとつながっている。そのつながりを断つことは誰にもできない。僕はそれを許さないだろう。自分自身がそうしようとしても許せないはずだ。いつ頃からつながっているかはもう忘れてしまった。今ではもう意識しないほどにつながってしまっている。生まれる前にはそうではなかった。死んでからはどうだろう。まあ、考えることもない。
 僕は布団から抜け出せないままに手を伸ばしコードを取る。今にも消え入りそうなスマホに接続して充電を開始する。
 私が朝目覚めて最初にすることはスマホを充電することです。

 私が悪夢から生還する頃、彼はもう命尽きようとしている。つなぎ止めるには人の手助けが必要で、部屋には私しかいないのだから、私が手を伸ばしてどこかにあるコードを引っ張ってくる必要があるのです。悪夢の中で共に戦ってくれた昔の友達や雄弁な猫たちはみんな死にました。
 私が立つべき現実世界を支えるには、どうしてもスマホの力が必要になるのです。いつからそうだったのか、今では思い出すことはできないけれど、未来へ向かう道ではもう決して切り離すことは難しいでしょう。
 生活のすべては既に彼によってコントロールされていて、小さな悩みを残してほとんどの思考は、彼の中の小さく優秀な頭脳に委ねられているのです。

「あなたは本当に素晴らしい」
 あなたなしでは一日だって生きていくことは難しい。
 どうか消えないでほしい。私の前から離れないでいてほしい。私はネズミのように手をすり合わせて願うことでしょう。あなたに触れてあなたの素晴らしさを、あなたのような素晴らしさを知ることができました。だけど、もしもあなた以上に素晴らしい存在をみつけた時は、私からあなたを捨てることになるでしょう。私は少しも迷わないでしょう。あなた以前には見えなかった素晴らしさが、今ではもう全部見えてしまうのだから。
 ああ、早く助けなければ、私は私を始めることができない。
 俺が朝起きて最初にすることはスマホを充電することだ。

 俺はお前に依存している。
 俺は馬鹿でアホで愚か者だ。
 そんな俺を助けてくれるのがお前だ。
 俺が現実に目覚めた時、お前はいつも死にそうな顔をしている。
 俺はお前を助けなくちゃならない。この部屋には俺しかない。お前を助けられるのは俺だけだ。
 俺は自分を助けるためにお前を助ける。
 簡単なことだ。
 すぐそこにあるコードを引っ張ってくるだけでいい。
 誰にでもできる簡単な仕事だ。時給にすれば500円か、600円といったところか。だが、誰がそれを許すだろう。
 俺は許さない。それは自分でやるべきことだ。
 今すぐに俺はそれをしなくちゃならない。
 俺はまだ自分の生活に興味がある。
 俺はお前の命をつなぎ止める。お前は俺を助け、俺をコントロールする。
 これはハッピーな共存なのだ。

 さあ、俺はやるぞ。

 冷え切った手を布団から出して、伸ばす。すぐそこだ。それはすぐそこにあるはずだ。何かに敷かれて隠れていたり、もつれて短くなっているだけ。そこに存在することは疑いもない。間もなく俺は、その短いミッションをやり遂げるだろう。
 そして、俺は言うのだ。
「ご苦労様」
 朝に目覚めたお前を労う。すべてはそこから始まる。
 わしは流れ者じゃ。

 流れているのか、流されているのか、よくわからないのは、きっと多くの時間が過ぎ去ったせいじゃな。どこに行っても行き止まりだから行くところまで行ったら、また同じところを回るだけじゃ。ぐるぐるぐるぐる、回って回って、わしの周りのものもみんな同じようにぐるぐるぐるぐる、回っておるようじゃ。同じように回っているから、まるで回ってないようでもあるのが不思議なとこでな。回らなくなった時は、わしが眠る時じゃ。

 眺めていると僕はもうどにかなりそうだった。
 私にとってそれは視点の移動に等しかったのです。
 それが悪い意味なのかよい意味なのか僕の中でもよくわからないことだった。何度も見たところでもしばらく見続けている内に、別の新しい何かが見えてくる。それは幻想だろうか。突然、出口がそこに現れることがありはしないか。
 回りながら眠ることもないわけではない。とにかくわしらは回るしかないようで、ぐるぐるぐるぐる、とにかくもうそうしておる。
 ぐるぐるぐるぐる……。

 おや、わしらの暮らす硝子の向こうを人が回っておる。物珍しそうな目を向けながら、人が通り過ぎる。

 わしから見ればみんな同じような顔で、それは日常の風景にすぎないが、わしはただ見つめ返すくらいのもんじゃ。ぐるぐる回るものを見る場所。それはどちら側にとっても似たようなものかもしれん。果たしてどちらに見所があるのか、さてどうじゃろうな。まあ、そんなことはどうでもいいか。
 人はポケットから手を出したら、もうやることはだいたいわかる。小さなそれをわしに向けてかざすんじゃ。そうしてインスタ映えを狙っておるんじゃ。

 まあ、本命はわしじゃない。
 もっと大きい向こうの水槽の中におる奴なんじゃ。

 僕は布団から抜け出すことができない。
 とうとうコードを見つけ出すことができずに、君は最後の力を使い果たして、眠ってしまった。
 長い眠りだ。僕はまだ夢の中にいる。
 君が目覚めない以上、僕も逆戻りするしかないのだ。あるいは、僕はまだ一度も目覚めていないのかもしれない。
 夢と現実を区別することは、夢の住人にはできないことだろう。
 夢の中で僕はわしになり猫になり、見知らぬ人を先生と呼び、次の瞬間にはそれを父と思うだろう。いかなる瞬間においても、決して自分を疑うこともなく。


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