IoT将棋

終盤をにらみつければIoT19手詰初手は角捨て

 先に着いて正座して待っていると先生が入ってきた。「お願いします」と互いに頭を下げる。先生は上座に座ると改めて「おはようございます」と挨拶をする。礼儀は正しく手順は妙だった。「おはようございます」挨拶を返し駒箱が開くのを静かに待った。先生は王将を取りピシリと中央に打ちつけた。僕は玉将を取って静かに置いた。しきたりに沿って交互に一枚ずつ駒を定位置に並べていく。山の中をかき分けて銀を取ろうとすると裏面がのっぺらぼうになっている。王将だ。先生はまだ王将を取っていなかった。先生が最初に駒音を立てた場所をもう一度よく見ると堂々とそこに居座っている消しゴムの姿があった。駒を磨く作業の途中で記録係が誤って駒箱に入れ間違えたのだ。最後に駒が余ったところで流石に先生もその誤りに気がついた。記録係が手を出すと先生の中央の歩が自ら進んでその手の中に飛び乗った。最新の駒はIoT仕様となっているのだ。

 先生の初手は3八銀。早くも棒銀の態度を明らかにした。対する僕は4二飛車。先生は王様の囲いもそこそこに銀を繰り出してくる。僕はその間に落ち着いて深く玉を囲った。簡単につぶれる恐れはない。先生は席を立った。しばらくすると記録係が先生の席に座って扇子を振っていた。「どうして君が?」僕は動揺を表に出さないように盤上の読みに集中した。急に指し手が厳しくなったような気がした。今までの棒銀とは違う、新しい風の入った棒銀の攻めだった。

「先生残り3時間です」
 定位置に戻った記録係が告げる。僕は離席してスタジオに入った。解説者が突然姿を消したのでその代役が必要になったのだ。大盤は混乱のため先後が反転して逆になっている。「一度すべて外しましょう」と謎のアシスタントが言った。大盤はマグネット式ではなかった。一枚一枚地道に駒を剥がしていかなければならなかった。こういう時にセロテープ式は苦労が多い。あまり変化を動かしすぎると徐々に粘着力が落ちてくる場合もあった。「千日手の心配があります」あり得ない話ではなかった。自分の心を読み切ることは難しい。

 一通り解説を終えて次の解説者に引き継ぐと対局室に戻った。僕がいない間にIoTが活躍して千日手が成立していた。先生は夜から予定が入っており、弟子が代打棋士として駒を並べ始めた。望むところだ。弟子は師匠とは毛色の違う指し回しで金を力強く飛車のコビンに押し上げた。阪田流の力強いさばきから強襲。たちまち僕の飛車がピンチになった。おまけに玉飛接近の悪形だ。

「残り2時間です」
 無理筋ではないか。しかしこの際どい形を凌ぎ切る力が自分にあるだろうか。おやつパーティーが始まって大勢の人々で廊下が賑わっている。お菓子という気分ではなかった。(独りになりたい)ホテル1階のトイレは銀行の窓口に合流していて気が重くなった。ロビーを抜けて表に出た。人通りの絶えるところまで歩いた。森の中に入り木に登った。すぐ横に野鳥がとまっていた。IoTが働いて名前を検索した。野鳥は逃げなかった。甲高い音色で歌い始めた。リューリューリューリュー。投了するにはまだ早い。僕も歌うよ。リューリューリューリュー♪

早12月になったと鳥が鳴くクリスマスには君をいただく


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