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【小説】ノベル・トレイン&サイエンス・カテゴリ

 自信を胸に朝のホームに立った。
 この街での新しい生活が始まる。
 ホームは大勢の人でごった返していた。メロディーが流れ列車が入り込んでくる。私が乗るのはカルチャー線のノベル・トレインだ。胸にそれぞれの物語を抱え、人々が車内に呑み込まれていく。その中に今日は私もいる。
 私が好むのは左側の座席だ。ささやかな願いを満たし、私はA6の座席に着いた。すぐに列車は動き始めた。うとうととする暇はなかった。
 しばらくすると前のドアが開き、順に車掌が回ってくる。

「失礼します。作品を拝見いたします」
 書き出しを少し見ただけで、車掌にはすべてがわかる。ほんの10秒、早い時には3秒ほどで原稿が返される。
 大丈夫。胸に抱えた小説に私は言い聞かせる。半分儀礼のようなものなのだ。通らない者はいないのだ。
「失礼します」
 ささやくように車掌が言った。私は素早く原稿を手渡す。10秒ほど目を通して、車掌は私の方をちらりと見た。原稿はまだ返らない。もう10秒経ち、車掌はまだ原稿を読んでいる。こんなところで夢中になってもらっては困るじゃないか。ちゃんと仕事をしなきゃ駄目じゃないか。私は少しおかしくなりかけていたが、平静を装っていた。30秒も過ぎて、ようやく車掌は原稿を返してくれた。

「お客様、流石にこれは……」
「何か?」
 感想の1つでも伝えて行くのだろう。私はそう思った。
「流石にこれは困りますよ」
 車掌の顔が急に険しくなったように見えた。
「えっ?」
「小説じゃないでしょう」
 3号車ではじめての負のジャッジが下された。

 私は次の駅で降ろされることになった。エスカレーターを上り8番ホームへ渡る。大勢の人が列を作っている。何がよくなかったのだろう……。(人物が出てこないことか。会話が少ないことか。猫がしゃべり出すことか。筋書きがないことか。テーマがないことか。辻褄が合わないことか。何が小説に足りなかったのだろう)私はまだ車掌の声を信じることができずにいた。足が重い。今度乗るのはくらし線のコラム・トレインだ。メロディーが流れ列車が入ってくる。次はどうだろう。また降ろされるかもしれない。確信を持った顔の老若男女が、順に歩を進めて行く。それに私も続いてみる。

「みたいな記事があがってきてましてね」
「で?」
「これ旅行・おでかけさんの方で拾ってもらえないかな」
 旅行担当は少し困った顔になった。

「お宅の方では?」
「いやー、小説の方はもういっぱいいっぱいでね」
 小説担当は両手を大げさに広げて見せた。

「えっ、そーなの?」
「そうなんだよ。もう満員密密でさ」
「そっかー」
「でなんだよ」
「ああ」

「まあ、あんまり小説でもないんだよ」
「そうなの? よくわからないけど」
 旅行担当は小説担当のモニターをのぞき込んだ。

「鉄道だな。だからどちらかと言うと旅行・おでかけかな」
「うん? 朝から始まって。おでかけ? おでかけしてるか?」
「おでかけの途中だろ。駄目か?」
「途中で降りて目的地まで着いてないね」
「そうなんだ。それじゃやっぱり駄目か」
「ごめん。実はうちのカテゴリも今日はいっぱいでね」
 旅行担当は首を伸ばして天を仰いだ。

「そうか。無理言ってすまない」
「サイエンスの方に振ってみれば?」
「あいつか」
「困った時のサイエンスだよ」
「困った時のサイエンスか」
「そう。困った時はサイエンスなんだよ」
「困ったらサイエンスか」
「そうだよ。何度も言わせるなよ。困ったらサイエンス」

「サイエンスか」
「困ってるんだから。でしょ?」
「まあそうだな」
「でもまあ今日はもうあいつ帰ったみたいだけどな」
「えっ、サイエンスなのに?」
「よくあるみたいだよ」
「そうなんだ。じゃあ明日の朝一で持って行ってみるよ」

「おっ、新着来てるんじゃない?」
「よーし、チェックチェック!」


#おでかけ #サイエンス #小説 #ショートショート

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