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我々我

粘菌は常に正しい。それは正義とか悪とかその類の正しさではなく、常に生物として美しい。美しいとは一種の概念じみた感覚で片付けられることが多々あるが、ここでの美しさとはある意味醜さと捉える人もいることだろう。粘菌は常に正しい。ある研究者は粘菌の周りに大都市の主要駅を模した配置の餌を置いてみるという実験をしたことがある。そうすると粘菌は実際に敷かれている線路と同じように広がった。これは美しさ以外の何者でもない。人もまた美しいと言える。なぜなら素晴らしく滑稽な生き物の頂点に君臨しているからに他ならないからだ。人間ほどくだらない生物を私は知らない。これから君たちに、人間の話をしよう。人間が、君たちが、諸君がいかに大したことがない、ちっぽけで、意気地が無くて、滑稽で、それでいてくだらないものなのか。静かに聞くがいい、そして思い知るがいい。読まなければよかったとさえ思えばいいのだ。それほどに我々人類なんてものは自然が生んだ誤算なのだ。

[毛細血管]
未亡人の噂、宇宙人の来襲、曼珠沙華の迷信、世界滅亡の予言。冬の乾燥した濁りのない空気の中でカモミールティーを啜る。レジの小銭を補給する菅原さんの指のひび割れが痛い。アイリッシュコーヒーに憧れていた頃の自分を思い出すモントリオールの少年。アマチュア無線クラブでは無線オタクが3人で通信のトライアンドエラーを繰り返しワンルームのアパートは熱気に包まれる。五時前の犬の散歩にタバコを少々。マニュアルの軽自動車を乗り捨てる。子供に鞭を撃ち布を染める。新宿で地面に寝そべる。雑草を除去する。射撃の合図を待つ。男女が交わる。老人がその一生に幕を閉じる。病める時も健やかなる時も愛することを誓う。そして誓いを破る。ニヤけた表情を鏡で練習する。マスターベーションに心を独占される。モールの鏡に映った自分をみて、髪型を変えようと思う。この全てがこの一瞬に起こっているほんの一部の羅列である。全てはこの地球で生まれ、この地球に死ぬくだらないもの。こんなのが無数にある。数えきれない上に列挙なんて到底できない。するつもりもない。寛容な神様が私をみて「穢らわしい」と言う。

[バリア]
明日を迎える老人の明日を過ごす希望と、赤ん坊が乳を欲して泣き喚くエネルギーの総量は果たして+なのかーなのか。生と死は対のようなイメージがあるが、果たして私はそうは思わない。生は必ずしも理不尽であり、死は必ずしも理不尽とは限らない。死は選べるし、選べなくともその訪れが来ることを認識はした状態で生きている。これはある意味で優遇された状態と言える。故に死は生よりも優しい。わからないが、もしかしたら生まれる前の世界が存在して、そこで我々が何に生まれるのか、いつどこに生まれてみたいのか選べるとしよう。私は生まれないだろう。私は私以外の誰かが勝手に決めた世界に、勝手に決めたタイミングで産み落とされ、しまいには死ぬまで生きるという宿命を無条件で叩きつけられた。では死ねばいいだろうと人は言うかもしれない。そうはいかない。痛いではないか、苦しいだろうし、怖いではないか。きっと血がたくさん出て、一瞬かもしれないけど自分の内臓を見るかもしれない。そしたら死に方を選べば良いと言うやつが現れるかもしれない。薬やなんかで眠るように死ねるではないかと。では聞きたい、死を望んだのにも関わらず、寝ている意識のない状態で、自分が死んだことに気づかないのはあまりにも残酷ではないか?と。せっかく死が選べるうちに死を選んだのに、その姿を一瞬でも見れずに逝くのはあまりにかわいそうである。それなのに自分の死を認識して、見ながら死ぬのは痛いし、苦しいし、怖いだろう。死に方によっては血がたくさん出るだろうし、自分の内臓を見ることになるかもしれない。では結局のところ人は理不尽にしか死ねないではないか。たまには自分に論破されてみるのもいいだろう。私は私を守るのだ、そして争い、いつか不本意に理不尽に逝くのだろう。

[雨雲]
教室の空気がどんよりしている。朝食の味噌汁は時間が経つにつれ茶碗の中央に味噌が沈殿していく。地球には重力があるらしい。我々が立っていられる原因はこの重力だろう。重力があるから強風で飛んだ瓦が、もしかしたら道行く人の頭に直撃して、その人は即死するかもしれない。瓦は地球の中心に向かって引っ張られながらしか飛べない。普段は屋根に静かに並んで寝ているのだ。雲はどうだろう、雲は風で同じように飛ばされていく、形を変えて位置を変えて飛んでいる。落ちてきた雲に直撃して死ぬ人間は誰もいない。雲とは何なのか、水蒸気だと人はいう。水蒸気はやがて雨となり重力によって地面に落下してくる。でも雨が直撃して即死する人間は、これもまたいないだろう。例えば何の因果か、雨の落下が起因して色々な何かが連動した後にその由来をもった何かで即死した人間がいたとしたら、それはあまりにも美しい死に方である。そうだろう?

[夕日]
我々は沈めばいい。全て。平等に。


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