002「月の都」

おれが導かれるように、屋根の上にのぼる日は、殺されてしまった、黒板の妻をおもいだす日だ。じょんがら節が、山のふもとからひびいている。白い音の群れを見つめ、おれは兎の首を折って、殺す仕事をする。籠の中に、白いかたまりが積みあがっていくたのしみを、とりかこんで嗤うものも、はげしく、なじるものもいる。

妻は、無数の石膏片を体内にとりこんで、激痛とともに、口から吹雪のような、白い粉を吐いている。湯治のために、山麓の小屋で、ふやけながら、ひとりで、命を見つめている。

赤蛙がないている。疫病が蔓延する。日々を、愛さなければならない。

濃厚な温泉にうかべられた、白く透きとおっている木の実が、たどたどしく漂流してゆく。おぼろげな意識の中で、月の都の夢を見る。
兎の使者たちによって、おれは無惨に、食い尽くされてゆくばかりだ。

じょんがら節が響いている。じょんがら節が、朗々と、響いている。

おれは女たちに殴り殺される。おれは、女たちを、殺し合わせて遊んでいる。赤い靴どうしが、小さくぶつかりあい、むしょうに哀しい音が、辺りに満ちている。

夜霧がたちこめ、蜜蜂の巣から、ひとしずく、またひとしずくと落下する。おれは屋根の上で、妻と首を絞めあった幸福な日々を、静かに想起する。

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