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017「犬と日常」

 大通りに木枯らしが吹く。駅のベンチで宇治抹茶のチョコレートを食べながら、ボロロッカに大勢で乗ってパレードをしてみたいと思う。激しい寒さが国道を軋ませている。チョコレートは音もなく溶け、濃厚なカカオの風味と抹茶の渋みが舌の上に余韻を残している。つややかなホームドアに、蛍光灯の明かりがうつりこんでいる。モノレールは思っていたよりも大きな音を立てながら、終点へ向かってゆく。終点の先にはレール自体がない。途切れたレールの向こう側には住宅街があり、道は山道へ繋がり、湖をこえると野球ドームがある。

 野球ドームで、一人の捕手が輪姦されている。選手はちぢこまった男根をゆらしながら、ほとんど、諦めた顔をして、清掃のゆきとどいた便所の白い壁をただ見つめている。輪姦しているのはチームのファンとスポンサーで、普段から輪姦がおこなわれているのか、気さくに雑談を交わしている。辺りには、バッティング練習によって生じる金属質な音が、時計の音のように響いている。

 迷い込んだ百貨店で、ピエール・マルコリーニのチョコレートが半額で販売されているのを見つけ、よろこんで購入しようとしたが、財布には10円玉が数枚と、五セント硬貨が1枚だけがはいっている。わたしは悲しい気持ちのまま店を出る。駅前に、巨大な芝犬が座っている。尾がペデストリアンデッキから地下交差道路まで垂れ下がり、通過する車の側面に撫でられている。わたしは恐怖を感じ、急いでその場から逃げようとする。だがスマートフォンをかかげて犬に向かってゆく人の流れが強すぎて、前に進むことができない。駅前の大スクリーンを、犬はじっとみている。コマーシャルでも、国際問題でもなく、落語を放映するようにしてほしいと、切に願っている。

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