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美容部員になりたい女と夜会に行きたい女

これは遥か昔
私がまだ高校生だったころの話である。

私の通う進学クラスには
言いよる数数多の男を決して寄せ付けず、そのくせ貢物だけはしっかり受けとり、自分はというとヘモグロビン改め赤血球のみを愛するという変人の美人Nがいた。

友人Nは美人であるだけでなく、頭脳も明晰であった。天は二物を与えるのだ。彼女の理想の部屋を聞きつけ、付き合ってもいないのに家を建てだす男の話などを毎日彼女から聞きながら、私は彼女をよく観察したものだ。いったい美人というものは、どうしてこんなに人間を惹きつけるのだろう。例え同性であってもだ。観察する美人は変人であればあるほど良い。そして私は美人を前にするとついつい畏敬の念を抱いてしまうのだが、変人は別である。例え美人であっても変人であるならば、いともかんたんに友人になれてしまうのだ。同じことは男性にも言える。変人とならば友達になれる。私のこの考えは膨大な時が流れた今も決して変わってはいない。


進学クラスの生徒には、来るべき大学受験に備え毎日膨大な課題が与えられる。
この課題を共にこなしてゆく中で、合間合間に彼女から聞く数々の奇妙な話は私のなぐさめとなった。

ところで、当時の彼女の夢というのは、美容部員になることであった。美容部員とは女の子ならば誰でも一度は憧れてしまうような百貨店の化粧品売り場に生息する美人のことである。
彼女を愛する両親は、そんな彼女の夢を知って
「そんならお前、薬学部へいくと良いよ。化粧品会社に勤めるなら薬学部だ。」
とアドバイスした。

かくして試験の点数を取ることにかけては天下一品の頭脳を持つ彼女は、薬学部を匂わせる赤血球を愛することを決め、毎日勉強に励むのであった。

つまり彼女は近目にみると天才であったが遠目にみると大変残念なオツムを持っていたことになる。
いっておくがこれは決して彼女のせいではない。
環境、情報のせいである。

膨大な課題、仕事というものは人間をアホにする。

自分の夢を実現する最短の方法を考えられなくなるのだ。
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一方でかくいう私はだ。

「いつか夜会に行く!」
そのような野望を胸に毎日勉強に明け暮れていた。

この膨大な課題をこなしていれば、私は胸を張って夜会に行ける立派な人間になれる。そう信じていたのだ。

いうまでもない。
私もまたNを上回るアホであったのだ。

夜会とは
当時私がこよなく愛した
中島みゆきさんのラジオ番組
「フル金」の中で知った
彼女のコンサートのことである。

毎週金曜日に
勉強をしながら「フル金」を聴いて
ゲラゲラ笑う
それだけが当時の私の歓びであった。

あの美人(また美人だ。私は美人に弱い)は胸えぐる凄まじいまでの歌詞とハイテンションなお喋り及びその内容のくだらなさとの間に大きなギャップがあり、その両方で大変私を魅了した。

私は勝手に、彼女に数多く楽曲を提供してもらえる工藤静香に嫉妬し、同時にちょっと憧れてはみたものの、冷静に自分を観察した。

憧れてはいけない。私は工藤静香とは路線が違いすぎる。(当然である。工藤静香もまた美人だな。でも変人ではなさそうだ。)

憧れの中島みゆきに近づく(コンサートに行く)には、私は工藤静香を目指してはいけない。

では私は何をすれば良いのだろう?

勉強だ!
私は猛勉強を続行した。

意味がわからないのにも程がある。
全くゾッとする光景である。

私のせいではない。
環境のせいなのだ。
やらなきゃいけないことが山ほどあると人間はとんでもないことを考え始めるのだ。

当時の私には
お年玉貯金を切り崩し
今すぐ夜会に行く
という発想は
微塵も思い浮かばなかった。

2人の例を出したが、進学クラスにはそんなやっばっかりいた。
あれは彷徨える変人の巣窟である。
思い返すとあそこにいて良かったと思う。私は変人が大好きなのだ。

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かくして猛勉強の末、みこと薬学部に合格した彼女はすぐに知ることとなる。
みなさんもうおわかりですね。
薬学部に入ると…

さらなる猛勉強が待っているのです。



彼女ははじめのうちはこう思いました。


美容部員への道は険しい。

でもまもなく思いました。



あれ?なんか違う。

こうして「勿体無い」などという周りの声を無視して、彼女はあっさり大学をやめて美容やお洒落に関する仕事を探しました。
本当に幸せそうでした。

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一方でNより数段劣る頭脳を持ち合わせている私は、大学進学後は猛勉強というものを放棄して、やらなくちゃいけない時に仕方なく精一杯頑張るというように生き始めました。

ところが、私はありとあらゆる能力が欠如しておりますので(別にいいけど!)誰も苦労していないようなことでも私自身は精一杯頑張らなくちゃいけないことがかなりあります。

頑張らないで良い。
遊べる時は遊べ。
好きなことをしろ。

そんなことがぼんやりと 
わかりはじめたのは
Nよりずいぶん遅れて
ごく最近のことなのです。

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やらなくていいようなこともたくさんやりました。

ずいぶん遠回りしたもんです。

でもまぁ振り返ってみますと
私の後ろにはたくさんの
思い出の三日月湖が生まれていて
その水面を煌めかせては
私に笑いかけてくるのですよ。

なんのはなしですか?


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