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ひどい事件は止められないの?~子どもにも大人にも嫌われるための哲学~

※道徳心が強い方は不快な気持ちになる可能性があるためご注意ください。

先生:それでは今日のホームルームを終わりにします。最近は他人を巻き込んだ殺傷事件が増えています。帰り道には気をつけてくださいね。

生徒:先生!質問があります!雑居ビルでの放火にせよ、試験会場での切り付けにせよ、なぜあんな事件が起こるのですか?日本の教育はどうなってしまったのですか。

先生:今回は趣向をかえて妙に大人びた質問ですね。みんなに早く帰ってほしいので手短にすませましょう。どのあたりが気になるのですか?

生徒:見知らぬ他人を巻き込んで、しかも死刑になりたいとか、気持ちがよくわかりません。死ぬだけなら一人でも死ねるではないですか。

先生:気持ちについては、精神分析家などが仮説を出すと思いますので、割愛します。ただ、よく考えると、残念ながら論理的には成り立つ余地があります。まず、「恩返し」ってありますよね?その反対は何かわかりますか?

生徒:逆?「仕返し」ですか?

先生:そうです。少し難しく言えば「復讐」です。恩返しが理解できれば、「復讐」も理解できるはずです。「復讐」とは恩を返すのではなく、危害を返すのです。なお、事件を起こすことや殺人自体が快楽である、という人は「復讐」ではありません。

生徒:でも、無差別な相手に危害を加えることが「復讐」なのですか?「復讐」はふつう、危害を加えてきた相手に対して危害を加え返すものではないのですか?

先生:もちろん、ふつうはそうです。でも、危害を加えられたものの、その人のせいにできないこともあります。法律的には心神喪失なんていいますが、社会維持のために便宜的に線を引いているだけです。元来、あらゆる人間は好き好んでその人間ではない、という事実があります。たとえば、とんでもなく人格がゆがんだ親がいて、子どもが虐待を受けているとします。でも、その親もさらにその人の親によってそのゆがんだ人格を形成せざるをえなかったとしたら?その親も、さらにその親に・・・というように、無限にさかのぼらざるを得ないでしょう。そうすると、原初の人間が生まれた瞬間、さらには宇宙の誕生までさかのぼらざるをえません。ちなみに、これを特定の人ではなく、「環境」に置きかえても同じです。自分が育った環境の原因は、より過去の環境に依存し、その環境もさらに過去の環境に依存し・・・といった具合で、結局は宇宙の誕生までさかのぼります。
もし、この理路を理解した状態で、復讐したいという気持ちをもった人は、いったい何に対して復讐心を燃やせばいいのでしょうか?

生徒:特定の人間に復讐する理由はありませんね。宇宙の誕生を恨む、というような、壮大な話になります。

先生:もちろんふつうは、恨みの感情をもったとしても、宇宙の誕生や神様を恨む、なんてことに思い至ることはまずありません。特定の個人を恨めない場合は、せいぜい社会や政治、などと環境に訴えることでお茶を濁すでしょう。ただ、単純に危害を加えてきた人が恐ろしくて、その人に復讐できないというだけのこともよくあるとは思いますが。
ただ、社会や政治の不正が仮にあったとしても、その不正を作った原因はより過去にさかのぼってしまうので、結局、不正を問うことはできなくなります。

生徒:つまり論理的に復讐は成立しないということですか?

先生:そうです。理がないことが理があることなのです。こういう状況を「不条理」といいます。この世界は実は「不条理」なのです。それを理解した人が、仮に不遇な人生を歩み、恨みの感情をもったとして、その矛先はもはや何でもよいことになります。だから「無差別」な恨みというのは、実は「不条理」という土俵の上にロジカルな根拠をもってしまうのです。こうなると、殺傷事件は自然災害に近いものになります。災害は被害者を選びません。ターゲットが存在する、通常の意味での「復讐」ではなくなりますが、不遇な人生であることは変わりませんし、ましてや不遇なのは自分のせいではない、とすら言えます。この世界に責任者は存在しないのですから。
ここに「死刑制度を利用した自殺」という、これまた合理的なエッセンスを加えると、「拡大自殺」が矛盾なく成立します。道徳の内部からだけでは、彼や彼女を理解することは少々難しいと思います。動機や気持ちについては、論理からだけではわかりませんが、犯人の考えがまったくもっておかしい、ということでもないのです。
もちろん道徳的には説得するべきでしょう。ですが、人道の範囲内で私たちにできることは、論理的な説得ではありません。私たちにできることは、彼が運命を呪わないように、彼のおかれた境遇を愛するように仕向けることなのです。彼が望むものを与え、彼に復讐の機会を与えないようにすることなのです。

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