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なぜか忘れられない物語『秋の牢獄』

何度も読み返したくなる本、というフレーズがあるが、これにもいろいろなタイプがある。悩んだときに読むと元気がもらえるとか、忘れられない一文があるとか、伏線が張り巡らされているとか。私も、そういう理由で何度も読み返してしまう本がいくつかある。

しかし、今回はしっかり説明できるような理由はなく、ただただクセになるというだけで読み返してしまう本だ。中学時代に初めて読み、以降何度も繰り返し読んだ。社会人になってからは一度も読むことなく、2021年初めに本の断捨離をしたときに手放したのだが、先日図書館で再開。タイトルを発見した瞬間にストーリーが一気によみがえってきた。いつのまにか私にとって忘れられない物語になっていたみたいだ。

『きみが見つける物語 十代のための新名作』は、複数の有名作家さんの名作が詰まった短編小説集。角川文庫の十代向けシリーズで、スクール編、友情編、恋愛編などいろいろ出ており、毎回別々の作家さんの作品が読めるのが楽しい。

私のなぜか忘れられない物語は、休日編に載っている恒川光太郎『秋の牢獄』だ。

大学2年生の主人公が、11月7日の水曜日を繰り返し体験する=1日だけタイムスリップし続ける物語です。朝、目を覚ますと毎日同じ日が待っている―そんな心もとない日々は、どんな結末を迎えるのでしょう?深い余韻を残してくれる恒川さんの小説の奥行を、体感できる物語です。
角川文庫『きみが見つける物語 休日編』より

タイムリープ系の物語は結構多い。しかしたいていの場合、何か意味や目的があって主人公は同じ時間を繰り返し生きている。例えば、大切な人を死なせないためとか、大切な何かを思い出すためとか、過ちを回避するためとか。繰り返すうちに、「何のために」に重きを置いたストーリー展開になっていく。

しかし、秋の牢獄は違う。主人公も一度は意味や目的を考えるのだが、特に思い当たらずさらっと終了。この話での議論の中心は、リプレイヤー(11月7日の水曜日を繰り返す人間のことを作中でこう呼ぶ)である自分たちが「何のために」同じ日を繰り返しているかよりも、「なぜ」この現象が世界で発生しているのか、そして、リプレイヤーたちが恐れる北風伯爵が「何者」かということだ。

クセになる、というのが適切だろうか。ありきたりな設定かもしれないが、何も目的を持たず、むしろ平穏にやり過ごそうとすることに、面白みを感じる。

あなたなら、何百回も繰り返される11月7日の水曜日、どう過ごしますか?

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