【超・短編小説】カメオ
小さな石橋の上に、傘を差した少女が立っていた。
少女は真っ白なワンピースを着ていた。差している傘も真っ白だった。少女にそれらを与えたのは彼女の恋人であった。そうして、少女はその小雨の降る中、その澄んだ美しい瞳をじっと見据えて、その恋人を待っていたのである。
少女の恋人は、二三年前、少女の国と隣の国との間に戦争が起こった、兵士として駆り出されていった。そのとき、少女は恋人が町を出て行くのを、遠くから静かに見つめていた。決して泣かなかった。あの人は必ず帰ってくると、堅く信じていた。少なくとも、そんな予感が少女の胸のうちにはあった。
そして戦争は終わった。少女の国が負け、疲れ果てた若者達が町へ帰ってきた。しかし・少女の恋人だけが、その中に含まれていなかった。あいつは戦場で死んだのだと、一緒に戦争に出て行った青年たちは口ぐちに言った。
少女は信じなかった。あの人は絶対に帰ってくる。あの石橋で会おうねって、約束したんだもの。少女は毎日、出掛けて行っては、恋人を待っていた。白いワンピースを着て。時折、白い傘を差して。
やがて、少女は石のように白く、冷たくなった。白いワンピースを着たまま、白い傘を小雨の降る中で。身動き一つせずに。そして、美しい青年がやって来て、驚いて立ち止まって見つめ、涙を流し、しばらくして、少女の唇にやさしく口づけしたのも知らずに。
小さな石橋の上に傘を差した少女が立っていた。
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