コンビニのパンツは神

「いやー、出張だってのにパンツ忘れちゃってさー!あわてて買いに行ったよ!」

メーカーの担当・アキタさん(仮名)が笑いながら語った。

昨年まで勤めていた会社には8か月しか在籍していなかったが、社長をはじめ、上司、先輩、後輩、メーカーの社員さんなど、人に恵まれた職場だったと思う。

パンツを忘れたアキタさんも、地方の営業所長という肩書きを持ちながら、しがない中途採用の僕にも気さくに話してくれる、素敵なおじさんだった。
ただのおじさんなら「パンツ」という言葉を発するだけでハラスメント案件だが、彼は素敵なおじさんである。
言い方にいやらしさがないし、コミュ障の僕にも「まじっすかー!やばいっすねー!」などと相槌を打つ余白を残してくれる。ていうかこの相槌、めちゃくちゃ頭悪そうだな。

それにしても、パンツを忘れるという漫画みたいな失敗をするなんて、アキタさんはうっかりさんだなぁ。うっかりアキべえだなぁ。

そして、このようなハプニングは、僕には無縁のものだろう。

自分で言うのもなんだが、僕は用意周到なタイプだ。
出張の日程が決まっていれば、2日くらい前には持って行くものを入念に準備する。
着替えも「なにかあったときのために」と必要以上に詰め込んでしまう。
そのため、今回のように3泊4日ともなれば、ボストンバッグとスーツケースとリュックというバッグ3兄弟を連れていくことになるのだ。ちなみに、長男がボストンバッグ、次男がスーツケース、三男がリュックだ。

若干話が逸れたが、心配性が転じて大荷物野郎になった僕は、社会人になってからはそうそう忘れ物をしたことがなかった。



フラグは十分に立ったのでオチがわかったと思いますが、もうしばらくお付き合いください。



アキタさんのてへぺろ話を聞き、和やかな雰囲気で仕事を進め、早3日。本出張最後の夜。
ホテルに戻り、夕食を済ませた僕は、当時夢中になっていたダンスの練習を始めた。

練習していたのは、僕の大好きなアーティストであるKinKi Kidsの「薔薇と太陽」という曲。
THE YELLOW MONKEYの吉井和哉が作詞・作曲をつとめており、色気のあるナンバーに仕上がっている。
2016年発売という少し前の曲ではあるが、光一の公式インスタグラムでダンス動画が投稿されたのを観て、「これ、踊れるようになりたい!」と触発されたのだ。
剛がギターを弾き、光一が踊るという異色の構成で、剛の甘い歌声とギターの音色もさることながら、光一のダンスがまた妖艶でかっこいい。
ライブでも、そのおセクシーな光一のパフォーマンスに、客席からは「きゃーーーーー!!!!!」と黄色い声が飛び交っていたのを思い出す。まあ、その声の一人は僕なんだけど。
KinKi Kids公式YouTubeチャンネルにも「薔薇と太陽」の動画があるので、興味があればぜひ観ていただきたい。


このまま行くと、記事のタイトルが「KinKi Kidsの『薔薇と太陽』は神」に変更されそうなので、この辺で割愛する。


練習を始めてから、小一時間は経っただろうか。
文字に起こすと「ホテルの一室で一心不乱に踊り続ける汗だくのおじさん」だが、そこは冷静に考えちゃいけない。大丈夫だ、だれも見てやしない。
目標としていたパートをなんとか覚えることができたので、その日の練習は終了。いい汗かいたぜ。
そして、汗を流そうとシャワーを浴びた。

そこまではよかった。

バスタオルで体を拭きながら、バッグ3兄弟の長男・ボストンバッグを開ける。確か、ここにパンツを入れていたはずだ。

しかし、パンツの姿はなかった。

あれぇ?
・・・ああそうか、次男・スーツケースのほうに移したんだっけ。隣のスーツケースのジッパーをジコジコと引き、パンツを探す。

しかし、パンツの姿はなかった。

風呂上りで火照った体が、みるみる冷めていく。
まじか。
うーん、まじか。
いやいや、足りないはずはない。だって3泊4日だから、最低でも着替えが3枚あれば足りる計算だ。初日に穿いていく分を含めれば合計4枚あるはず。
確認のため、すでに穿き終えたパンツの枚数を数える。1・・・2・・・3・・・3枚。

悟った。まじだった。
かすかな希望を抱き、最後の砦である三男・リュックの中を覗き込む。

しかし、パンツの姿はなかった。

もう言い逃れはできない。
僕は、パンツを忘れたのだ。


もしもタイムマシンが使えたなら、初日に戻ってアキタさんを笑った自分をぶん殴ってやりたい。いや待て、出張前夜に戻ってパンツを多めに用意しとけ。
アキタさんは初日で気づいたので夕方ごろ買いに行けたらしいが、現在夜8時を過ぎている。洋服屋さんはもう閉店してしまった。

やばい。やばすぎる。このままでは、明日は一日ノーパンで過ごさなくてはならない。
自分の股間ばかり気になって仕事にならないのもそうだが、明日は最終日なので移動時間がある。移動は車で、上司と一緒。出張先から会社まではけっこう遠く、片道5時間くらいはかかる。
つまり、少なくとも12時間は上司と行動を共にすることになるのだ。
ノーパンで仕事をしようものなら、会社やメーカーの伝説として後世に語り継がれてしまうこと必至だ。ノーパンアルロンとして名を残すなんて、嘘つきノーランド並みの屈辱もいいところである。
それだけは避けなくては。

だが幸いにも、今は令和の時代。コンビニへ行けばパンツの一つや二つは入手可能だ。現代人でよかった。
地方とはいえ、ここは駅前にビジネスホテルが立ち並ぶ都市。コンビニも近くに数件ある。勝ち確定だ。

しかし、問題が一つだけあった。
それは、「どうやってコンビニまで行くか」だ。
通常時であれば、さっきまで穿いていたパンツを穿き直していたかもしれない。そして、帰ってきてからまたシャワーを浴びればいい。
ところが、今回はそうはいかない。「薔薇と太陽」を踊り散らした結果、パンツは汗でびちょびちょに濡れている。さすがにこいつを穿き直す勇気はなかった。

さて、どうする。

「薔薇と太陽」が脳内BGMになっている頭をフル回転させ、最善策を探した。
窮すれば通ず。
何気なくバッグ3兄弟の中身を見ていると、初日に穿いたコンプレッションタイツ(アスリートが穿いているようなピッシピシのやつ)があった。
初日は移動だけだったので、踊った後ほど汗はかいていない。

「これだ!」



夜9時、駅前のセブンイレブンにやってきた。
素肌の上からコンプレッションタイツを穿き、なんとも言えない着心地と望まないスリルを感じながら、パンツを探す。
ここで「安心しないでください、穿いてませんよ」なんて言ったら、店内はドッカンドッカンと大爆笑の渦に飲み込まれるだろうか。
しかし、ここはイギリスではないし、僕はそんなに明るくない。なにより、お縄につきたくない。

ほかの客ともなるべく距離を取った。特に、若い女性とすれ違うときなんかは、相手に背を向けるなどの配慮をした。その姿は挙動不審に映っただろうが、ノーパンであることはバレなかったはずだ。

日用品コーナーにやってくると、紳士用のパンツは1つしかなかった。サイズはM。僕のサイズと同じだ。ラスイチだったのは少し焦ったが、必要なのは1枚。パンツ1枚あればいい。生きているからラッキーだ。YATTA!
あとはこれを買って、ホテルに戻るだけだ。

パンツだけ買ったのでは、ノーパンとバレるリスクが高くなる。「今日も暑いなーアイスでも食べようかなー」的な表情を必死に作り上げ、あくまでもアイスがメイン、あくまでもパンツはついでに買う体(てい)でレジに並んだ。
まあ、たぶん、店員さんはすべて察したと思うが。


かくして、僕はパンツを手に入れた。
パンツ1枚に振り回されるさんざんな夜だったが、こうしてnoteに書くネタができたので、むしろいい体験をしたとすら思える。

人生は、笑いに変えた者勝ちなのかもしれない。




最後に、パンツを忘れてコンプレッションタイツを穿かざるを得ない状況になった人のために一言。

コンプレッションタイツは締め付けが強くてピッシピシになるし、黒色のタイツでも若干透けて見えるので、やっぱりパンツのほうがいいです。


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