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[小説・ユウとカオリの物語] Bar ROSE(2人で)

「ROSEに行かない?」
わたしが誘うと、ユウはとても喜んだ。わたしがひとり飲みする場所だから、気遣って行かなかったのだという。
「とても気に入ったバーだったんだけど、カオリの邪魔しちゃ悪いかなって。。」

出逢いの場所に2人で行くのはとてもいいな。お互い仕事を終えて待ち合わせて、ROSEへ向かった。

「いらっしゃいませ。今日はお揃いで?」
マスターの口元が笑っているのがわかる。

「なにになさいますか?」

ユウに目をやると
「お薦めのものってある?」と、ナイショみたいに耳元で聞く。

「メーカーズマークをダブルで。彼女にはシングルで。」
飲んでみてイマイチだといけないのでシングルで頼んだのだけれど、すかさず、ユウが言った。
「僕もダブルで。」

マスターはロックグラスを2つ準備して、丸氷にメーカーズマークを注いだ。そして、ストレートグラスに、同じメーカーズマークを注ぎ、それを少し持ち上げて言った。
「お2人に祝福を」
参ったな。。わたしはグラスを持って苦笑した。ユウは「え?」って顔でわたしを見ながら、同じようにグラスを持ち、3人で同時にグラスに口をつけた。

しばらくすると、店の奥からナナちゃんが現れて、マスターがなにやら耳打ちした。
「カオリさん!彼女さん連れてきてくれた・・え?ええーーー!ユウさんじゃないですかぁ!!」
「ナナさん?!」
ユウも驚いていたけれど、わたしの方がもっとびっくりしたと思う。2人が知り合いだったなんて。2人は昔、同じ職場に勤めていたことがあったという。
「職種が違ったので、一緒に仕事することはなかったんですけどね。」
ナナちゃんは続けて言った。
「ユウさんったらね、飲みでたまたま隣の席になったとき、いきなりカミングアウトしたんですよぉ!」
そういえば、ユウはわたしにも早いうちにカムアウトしてたなぁって思い出した。相手を選んでるんだよね。特に隠しているわけではないだろうけれど、自分から言うかどうかは相手を選ぶ。それはわたしも同じ。変に距離をとられたり、好機の目を向けられたリするのは勘弁願いたいもの。ナナちゃんは、その点「ああ、そうなんだぁ」ってだけ。だからといって、わたしへの印象が変わることはない。そんな人だ。なんとなく、そういう人だというのがユウにもわかったのだろう。
「ナナちゃんだからよね。」
そう言うと、ユウは頷きながら大笑いした。

店が賑わって来て、ナナちゃんが忙しくなったので、邪魔しないでユウと2人でおしゃべりしながら飲んだ。ユウはメーカーズマーク、わたしはシーバスリーガル。
ユウは変わっている。わたしのおしゃべりが好きみたい。日本人とフランス人の味覚についてとか、映画やドラマの登場人物を深堀りしてみるとどうこうとか、大抵の人はうんざりするような話も面白がって聴く。だから、わたしの舌も滑らかになる。ユウの話も面白い。わたしの知らないことを教えてくれるし、話しているときのユウがたまらなくかわいい。まるで宝物を抱えた少年みたいで、わたしはワクワクしてしまう。酔いも回っておしゃべりに拍車もかかる。愉快だ。

マスターが看板を店の中に入れて、入り口のブラインドを下した。店内の客はユウとわたしだけになってた。え?もうそんな時間?時計を見ると、まだ9時半。客が途絶えた隙に、マスターが店じまいをしたんだ!

「今日はもう貸し切りですよ。」
そう言って、ナナちゃんにロックグラスを手渡したマスターは、自分用にはショットグラスにジンを注いだ。

「はいはい、わかったわよ。マスターの感覚が正しかったわ、悔しいけどね。」

マスターがニヤリとして、ナナちゃんはニコニコした。

隣で寝てしまったユウの髪を撫でながら、わたしは幸せな悔しさを味わっていた。

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